コラム

【事例】クビにしたい社員への対応・成功例と失敗例

クビ、つまり解雇をする時、どのような場合であれば解雇をしてよく、どのような場合であれば解雇ができないのか、判断することは難しいといえます。解雇は重要かつ繊細な問題で、企業にとっては経営上の判断として必要な場合がある一方、労働者にとっては生活の基盤を脅かす深刻な事態となります。今回は様々な理由による解雇の裁判例を通じて、解雇の有効・無効を決める要素を探ります。

1 経歴詐称

(1)解雇無効事例

学歴、経歴の詐称を理由とする懲戒解雇を無効とした事例(マルヤタクシー事件。仙台地裁昭和60年9月19日判決)

タクシー会社Yにおいて営業所長として運行収益の管理、配車注文の対応にあたっていたXが、採用の際に前科前歴を秘匿し、経歴を詐称したことを理由に懲戒解雇されたが、解雇は無効。

前科は刑期を終えると刑が消滅するものであるから、前科や前歴は、職種や雇用契約の内容によって、労働力の評価に重大な影響を及ぼす場合に限り告知すべきものである。学歴や職歴などの経歴についても、職種や雇用契約の内容によって、労働力の評価に重大な影響を及ぼす場合には告知義務があり、これらの告知義務に違反した場合でないと解雇事由にならないと判断。

→経歴詐称をしたことそれ自体が問題視されるのではなく、経歴が仕事を行ううえでの能力評価に影響するにもかかわらず、経歴詐称した場合でなければ解雇できないことを示している。

(2)解雇有効事例

高校中退を卒業と経歴詐称したことを理由とする懲戒解雇が有効とされた事例(正興産業事件。浦和地裁川越支部平成6年11月10日決定)

XはY社に自動車の運転教習の指導員として勤務していたが、高校中退であるのに高校卒業と学歴を詐称したことなどを理由に懲戒解雇され、この解雇の有効性が認められた。

自動車運転教習所は、運転免許取得のための技術・知識を習得させる公益的な役割を担う施設であり、その職務を直接従事する指導員は、高度の技術・知識・人格等を要求され、教習生、経営者や幹部職員と善良な人間的な信頼関係を保持することが必要であるため、学歴も指導員の職務についての適格性及び資格等を判断するうえで、重大な要素の一つであると認められる。そして、Xが高校中退者であることが雇用時に判明していたならば、少なくとも指導員として雇用されることはなかったと判断。

→公益性のある仕事であるから経歴が能力評価に影響することを認めた。そして、経歴を詐称せず真実の経歴であれば採用されなかったと認められることも必要。

2 任務懈怠

(1)解雇無効事例

降格や減給処分を受けた社員が就労意欲を失って退職届を出したところ行われた懲戒解雇が無効とされた事例(神戸化学工業事件。大阪地裁平成9年2月12日判決)

染料の中間物の製造、販売をするY社に製造課長(現場の製造部門の責任者)として勤務していたXが、製造品流出事故を報告せず、除去作業を不適切に行ったことにより工場再開に1週間を要し、この事故によって不良品が発生したことを正確に報告せず、降格、減給となったところ、Xが就労意欲を喪失して退職届を提出したのに対し、Yが懲戒解雇をしたが、この解雇が無効とされた。

Xの解雇理由は流出事故の対応不手際が実質的な理由であり、これについては管理職としての適格性を欠くという理由で既に降格の処分がされており、重ねて一般従業員としての地位を奪うことは過酷すぎると判断された。

→任務懈怠の内容や程度が、解雇する必要があるほどのことなのか、管理職ポストを奪えば足りる程度のことなのかを判断している。この事件では、会社が懲戒解雇の理由を具体的に示していなかったことや、流出事件での会社の損害が明らかでないこと、そもそもXの課長職への昇進に問題があった(もとから管理職として適格性がないのに会社はそれを承知で管理職に昇進させたという疑念)という点も解雇を否定する方向で指摘されている。会社のそれまでの対応が適切であったかも、解雇の有効無効を判断する要素となることがわかる。

(2)解雇有効事例

懲戒歴も踏まえ、長期の連続欠勤や度重なる復職命令違反を理由とする懲戒解雇が有効とされた事例(日経ビーピー事件。東京地裁平成14年4月22日)

Y社において雑誌編集の業務に従事していたXは、メモを取らない取材姿勢を一貫し、情報が不正確なため取材先とトラブルとなったり、上司がいちいち事実確認をしなければならないという問題があった。また、記事の表現も不十分であったり、締切を守れず他の記者が穴埋めをしたり、周囲への態度も悪く、勤務に対する評価がすこぶる悪かった。評判が悪いためほとんどの異動先が異動を拒否し、福利厚生部へ異動となった後もミスを繰り返し、勝手に早退しないように業務命令を出しても「異動に承諾していないから業務指示に従う必要はない」と繰り返した。こうしたことから過去に譴責を2度、減給、出勤停止の懲戒処分歴があった。平成12年1月10日に上司にあてて3月17日まで欠勤するとメールを送信し、上司から指示されても所定の欠勤届の提出をしないことから、3月2日に懲戒解雇となり、裁判所も解雇が有効であると認めた。

裁判所は、平成12年1月11日から解雇日の3月2日まで長期欠勤をし、職務復帰命令に反したことは従業員としての基本的な義務に反する重大な命令違反であると認めた。また、過去の計4回の懲戒歴とその理由を合わせて考慮すれば、懲戒解雇は相当な処分と認めた。

→この判例では、直接的には長期欠勤と職務復帰命令違反という任務懈怠があることを理由に解雇を有効としているが、そのなかで、過去の懲戒歴やその懲戒の理由(いずれも業務の拒否や会社の命令に反するもの)を考慮している。つまり、直接の解雇理由となった長期欠勤は、これまでの業務拒否の姿勢が改善されずに現れたものと評価できる事例だった。

3 業務命令違反

(1)解雇無効事例

制服の帽子の不着用をするバス運転士の懲戒解雇が無効とされた事例(神奈川中央交通事件。横浜地裁平成8年7月16日判決)

Yはバス会社であり、Xはバスの運転士である。Xは制服として帽子の着用が既定されているにも関わらず、指導や研修センターにおける再教育をされても帽子の着用を拒否しつづけ、懲戒解雇されたが、解雇は無効と判断された。

裁判所は、Xの制帽の着用拒否は意図的なものであることを認め、バスを利用する旅客の立場からすると、運転手に自らの生命を預けるに等しいから、服装の乱れや規律の乱れの現れは、安全な運行に不安を与えるものであり、制帽の不着用という規律違反は決して軽いものではないと認めた。一方で、制帽の不着用により具体的に業務に支障が生じた事実はなく、着用の指示・命令に違反したこと自体は社内秩序を乱すものであるが、解雇によって社内から排除しなければ社内秩序の維持が困難となりYの業務が阻害されるものではないとして、解雇は無効とされた。

→制帽の不着用という業務命令違反の内容が、解雇しなければならないほどのものではないと判断。この判例では、Yにおいて制帽の不着用を現認しながら見過ごしたり、他の社員がより軽い減給の懲戒しか受けたことがないことも考慮して、解雇はいきすぎであると結論を出している。

(2)解雇有効事例

成績不良で固定車を外され、固定車以外への常務を拒否したタクシー運転手への懲戒解雇が有効とされた事例(ロイヤルタクシー事件。大阪地裁堺支部平成8年5月28日決定)

Yはタクシー会社であり、Xはタクシー乗務員(運転手)として勤務していた。タクシー会社の多くでは、乗務員に特定の車を与えて乗務をさせており、Yでもそのようにしていたが、低営業成績者の奮起を促すために営業最下位であったXについて平成7年8月11日に固定車を外した。Xが固定車以外での乗務を拒否したため、2日間の出勤停止の処分にしたが、その後もXが固定車以外での乗務を拒否しつづけたため、9月29日に業務命令違反等を理由に懲戒解雇とし、裁判所でもこれが有効と認められた。

裁判所では、Y社は固定車外しの成績の基準を明示してたわけではないけれど、一応の基準を設けており、そこで要求している営業成績も決して高いものではなかった。また、固定車を外されても乗務ができなくなるわけではなく、下車勤務を命じられるよりも不利益は小さい。したがって固定車外しは正当な措置であり、その後に行われた乗務停止の措置にも違法はなく、これにもかかわらず改悛することなく業務命令に反したことを理由とする懲戒解雇は有効であるとした。

→この裁判例では、1か月以上にわたる乗務命令への違反を理由に解雇を有効としている。そのなかで、懲戒の前提となる固定車外しの適正性を判断し、業務命令違反の対象となった業務命令が適正なものでなければならないことを示している。また、一度の業務命令違反のみでは足りず、その直前の乗務停止の措置を経ても改悛していなかったことも重要な要素となる。

4 まとめ

解雇は労使関係において非常にデリケートな問題であり、その判断には慎重を期す必要があります。事例からも、解雇が有効とされたのは、会社側が繰り返し指導を行い、業務命令を発したにも関わらず、それに違反し、改善の余地がなく、解雇以外に選択肢がないと判断された場合であることがわかります。

解雇を検討する際には、解雇理由の正当性と客観性の確保、就業規則との整合性の確認、適切な手続きの遵守、改善の機会や警告の提供などに細心の注意を払いましょう。

   
    
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