能力不足を理由に社員を辞めさせたい時、解雇という手段をとると、その社員との紛争に発展しやすく、その上、解雇の条件を満たすことは難しいといわれています。解雇を選択するのではなく、自主退職による円満退職が望ましいです。今回は、円満な自主退職に向けて企業側がどのようなプロセスを踏めばいいのかをご説明します。
1. 自己評価の修正
能力不足の社員に共通しているのは、自分の能力が会社の求めるレベルに達していないという自覚に乏しいことです。自分が仕事のできる社員だとは思っていないまでも、今のレベルで会社に受け入れられているとか、自分の仕事がうまくいかないのは、会社や他の社員のせいだと思っている場合もあります。特に、中途採用の社員は、これまでの経験や能力を売り込んで採用された経緯があるだけに、能力不足だという自覚はいっそう持ちにくいといえるでしょう。
能力不足を自覚していない社員に対して、「辞めてくれないか」と話しても、反発を生むだけで、円満退職には成功しません。まずは、会社がその社員をどのように評価しているのかを伝え、能力不足を自覚させる機会を繰り返し設ける必要があります。
2. 日々の業務報告
能力不足を自覚させるためには、その根拠となる記録が必要になります。最も効果的なのは、その社員自身に、日々の業務で行なったこと、業務を通じて感じた課題や、課題解決に向け実践したことを報告させることです。業務日報を書かせることが一般的に馴染みのある方法ですが、中途採用ですでに管理職に就けているなど、日々の管理の対象とするのが不自然な場合には、メールでの業務報告を課すのでもいいでしょう。
(1)報告の書式の準備
業務日報を書かせる、あるいはメールでの業務報告を課すいずれの場合も、記載事項のフォーマットは必ず会社が指示するようにしてください。仕事の流れを自覚させるために、本人に作業手順のチェック項目などを作成させても構いませんが、フォーマット全てを社員任せにするのはやめましょう。フリーハンドで書かせてしまうと、自分の書きたいことや報告しやすいことだけを報告してくるようになり、意味がありません。課題や指示を受けている事項など、本人にとって報告しづらいことも項目に折り込むことが必要です。
(2)社員自身での報告
社員自身に業務報告をさせる理由は大きく二つあります。
一つは有言実行、自分で言ったことを実践させるということにつながるからです。裏を返すと、その社員が自分で報告した課題を解決できなかったり、報告では見栄えの良いことを言っていたけれども実践できていなかった場合、その社員に自己評価と現実のギャップを自覚させることができます。
理由の二つ目は、能力不足の証拠を得るためです。会社が一方的に与えたタスクをこなせないというだけでは、果たしてそのタスクをこなせないことが辞めさせるに値する程の能力不足にあたるのか、はっきりしません。なぜなら、会社がレベルの高い要求をしていたり、こなせなくても支障のない課題を与えている場合もあるからです。業務報告をさせることで、自分で自覚している課題や、何度も指示されている事柄ですらこなせていないという証拠を残す狙いがあります。また、業務内容や課題達成の有無を申告させることで、本人の業務の達成度を図ることもできます。たとえ、本人の申告通りに業務を達成できていなかったとしても、その時には本人が嘘の報告をしていた、という証拠にもなります。
(3)チェックと指導
業務報告の結果、問題を確認した場合は、逐一、本人に指摘し、指導しましょう。本人を指導する訳ですから、上司にあたる人物が担当しなければいけません。指導方法は、業務報告への返信やコメントでもいいですし、問題が大きい場合などは面談を実施してもいいでしょう。ただし、面談を実施した場合には、簡単な面談録を作成しておき、どのようなことを指摘したのか、記録に残すようにしましょう。
3. 客観的な評価
(1)人事評価制度
明らかな能力不足を示すためには、本人からの報告だけではなく、客観的な能力の評価に関する資料が必要です。社内に人事評価制度があれば、その評価資料が役に立ちますし、人事評価制度がない場合には、この機会に整備を進めるといいでしょう。
(2)身近な資料
人事評価制度と並行して、手軽に実践できることとして、上司からの指導のメールや、同僚や部下からのトラブルを訴えるメール、顧客からのクレーム報告を残すことをお薦めします。ただし、面談時に本人に資料を示す場合でも、同僚や部下からのメールや顧客の個人情報を直接本人の目に触れさせるのはやめましょう。個人情報の管理や対人トラブルの面から、望ましくありません。
(3)実害の資料
能力不足の社員のために、周りの社員がバックアップに入り、その分人員を割かなければいけなくなったり、他の業務が滞ったりした場合、そのことが能力不足を示す有力な資料になります。同僚や部下からのトラブルを訴えるメールの中に、「Aさん担当のB社対応の締切が今月15日に迫っていますが、進捗が滞っているため、明日から3日間、私がフォローに入ります。その間、私の担当するC社の対応はストップせざるを得ません」など、影響を具体的に報告させると有効でしょう。
4. 定期面談の実施
本人に業務報告をさせ、それに対して指導をしたうえで、定期的に面談を実施しましょう。面談では、指導を重ねているが改善が見られないことを指摘し、クレーム報告などの客観的な評価を示す証拠を示しつつ、本人の能力不足を指摘します。この時、「あなたは力量不足だ」と抽象的にいうだけでは、本人も納得しません。「こういうことを求めたが、結果がこうで、こういう点が達成できていない」と事実に基づいて冷静に指摘するのが望ましいです。ポイントは、事実にフォーカスすることです。事実であれば、資料を示すことができますし、社員本人も「そんな事実はない」と否定しにくくなります。逆に、評価にフォーカスしてしまうと、「出来が良い、悪い」など、人によって捉え方が違うことで言い争いになってしまいます。このようにして、社員本人に自分は評価がされていない、ということを自覚させていきます。
定期面談を実施した場合は、日時や参加者、指摘事項を簡単に社内で記録しておきましょう。社員本人に示す必要はありませんが、後々、その社員と退職問題で揉めても、会社が指導を重ねた実積として示すことができます。
5. 退職勧奨のすすめ
社員本人の認識が、「自分は問題ない」から「どうやら会社から評価されていないらしい」と変わってきた段階で、退職を促す面談をします。これを退職勧奨といいます。
退職勧奨に臨むとき、その社員を会社から追い出そうという意気込みで臨むと、相手の反発を生み、うまくいきません。相手に敬意を払いつつ、「うちの求める能力にはそぐわない。きっと他に合う会社はあるはず」というスタンスで臨むようにしてください。中途採用の社員ですと、自分には経験や能力があると自負している場合もあるので、なおさら素直に応じないことが想定されます。
退職勧奨は、あくまで社員本人が自分の意思で退職を決意するものです。そのため、退職を強制するような対応をすると違法になってしまいます。
・今日中に辞めるかどうか決めろと言う
・辞表を出さないなら解雇すると言う
・退職を拒否しているのに執拗に退職勧奨をする
・人前で退職勧奨をする
・必要以上の大人数で退職勧奨する
のはやめましょう。こういうことをすると、本人が自分の意思で退職を決断したとはいえなくなってしまいます。
本人が100%退職に納得していたり、積極的に辞めたいと思う必要はありませんが、「このまま会社にいても評価されないし、辞める方がマシか」というように、本人なりに納得して退職を決意している必要があります。
6. 退職の合意書の作成
本人から退職の意思が示されたら、必ず、辞表をもらうか、退職の合意書を作成して、書面で退職の意思を残すようにしましょう。
辞表は、退職する社員自身が書いて、会社に提出するものですが(作成するのは社員1人)、退職の合意書は、会社と社員の両方が署名捺印するものです(作成するのは2者)。「そんなことじゃうちの会社で続けられないから、頑張ろう」「じゃあ辞めます」と言って辞めていった社員について、退職の合意書がなかったために、解雇したと認定されてしまった事例がありました。それだけ、その場での口頭のやりとりはあてにならないのです。
また、退職の合意書を作る場合、会社と社員が合意さえすれば、他にも内容を盛り込むことができます。私物の引き取りや残置物の会社による処分、鍵の返還、保険証の返還など、退職に伴う後処理についても記載できます。辞めた途端に連絡が取れなくなり、困ってしまったというケースは多いので、備えをしておきましょう。
7. まとめ
能力不足での円満退職を目指す場合、日々の業務報告と指導で本人に能力不足の自覚を持たせながら、客観的な能力不足の証拠を集めていくことになります。証拠というと、裁判に備えているようにも思えますが、その社員本人に示して自覚を持たせるというためにも役立ちます。多くの会社では、証拠集めなんて、大袈裟なことまでする必要はないだろう、と考えていますが、証拠がないと、会社側の言い分を通すのは難しくなってきます。相手の社員も辞めさせられるとなると必死になることもありますから、会社も手を抜かずに臨みましょう。