管理職につけてみたものの、指導力が足らず、部署がバラバラになってしまった、パワハラをして異動させざるを得ない。このように一定の立場につけた従業員の能力不足に対処する際の注意点をご紹介します。
1 一定のポストにある者の解雇
能力不足を理由に従業員を解雇する場合、単に「期待はずれだった」というだけでは解雇はできません。能力不足の程度が著しい上、向上の見込みが全くなく、雇用の継続が困難なような「誰が見てもやめさせて当然」といえるような場合でなければ、解雇は認められません。このように解雇すべき理由があることを「解雇の客観的合理的理由」といい、解雇の条件の1つになっています。
中でも管理職など役職のある立場についているということは、それまで、一定の能力があると評価してきた人物といえます。従って雇用の継続が困難なほどの能力不足とは認められないと考えた方がいいでしょう。このように解雇が難しい場合、配置転換や降格など、社内での処遇を変更することで対応していくことになります。
2 配置転換
(1)配置転換とは
同じ組織内で仕事内容や勤務地などを変更することを「配置転換」といいます。いわゆる「人事異動」のイメージでしょう。「人事異動」は法律用語ではないので、厳密に言えば、「配置転換」と「人事異動」は同じものではないのですが、ここではイメージだけ掴んでください。
(2)配置転換と就業規則
配置転換を行うためには、就業規則の中に、配置転換に関する規定がなければいけません。まずは就業規則をチェックしましょう。就業規則の根拠があれば、配置転換には会社の裁量が広く認められているので、幅広い対処が可能になります。人事の采配に関する事項については、会社の裁量が広く認められる傾向にあるのです。
(3)配置転換の効能
配置転換の目的は、従業員の適材適所を考慮することにあります。特に、新卒社員を配置した先が適材適所であるかは、一定の時間が経過しないと判断できません。また、組織を活性化するための配置転換も、企業にとって有益な職場環境を整備する目的で行われます。会社としては、能力不足を感じている従業員をわざわざ別の部署に異動させるのは面倒に思うかもしれません。しかし、配置転換を実施することで、会社にとって後々有利になることもあります。
実際、能力不足での解雇が有効になった裁判例でも、会社が様々な部門に配置転換をしたけれども、そのどこでも従業員が満足に業務を行うことができなかったことが、会社に有利に判断した判例があります。適材適所を探るために、能力不足の従業員に対して配置転換を命じるのは有効な手立てと言えるでしょう。
(4)配置転換の裁量権の濫用に注意
ただし、会社に配置転換に関する広い裁量があるといっても、「裁量権の濫用」にならないように注意が必要です。裁判では「配置転換の業務上の必要性」と「該当する従業員が受ける不利益」の双方を見て判断します。会社にとって大して必要がないのに、従業員を一番遠い支店に異動させたり、減給を伴う異動をさせたり、見せしめ的な人事異動を行うのは、裁量権の濫用になりやすいです。
3 降格
降格とは、社内における役職や職位を下げる処分のことです。配置転換の中でも、降格には待遇の切り下げを伴う場合が多いので、実施には注意が必要です。また、降格は社内の人事評価制度とも結びついているため、会社の人事評価制度を理解しておく必要もあります。
(1)職位、等級、資格、職務とは?
降格や人事評価にかかわる用語として、職位、等級、資格、職務があります。とても複雑な概念なので、イメージを掴むために、簡単に説明します。
「職位」とは、部長や課長というように、いわゆる肩書きになっているような役職のことです。
「等級」とは、従業員のレベルや仕事のレベルを示すものです。従業員を仕事の出来によってそのレベルで分けたり、仕事を難易度でレベル分けしたりします。1級レベルに到達した従業員、2級レベルの従業員といった感じで従業員にレベルをつけたり(実際には、J1、L、Mなどのレベル分けをしています。)、1級レベルの仕事、2級レベルの仕事といった感じで仕事にレベルをつけたりします。
なぜレベル分けをするかと言うと、「職位」「資格」「職務」と組み合わせるためです。例えば、レベル1の従業員にはレベル1の「資格」(グレード)を与えて見合った給与を与えたり、レベル1の難易度の「職務」には、それをできるに見合った従業員を当たらせたりします。
「資格」とは、職能資格ともいい、その従業員の仕事を遂行する能力(=職能)に基づいて給与をもらうグレード(資格)をつけるものです。その人の職能が高ければ、それだけ高い給与をもらえるグレードに位置付けられます。
「職務」とは、読んで字のごとく、仕事の分野や難易度に着目して、仕事内容を区分するものです。
職位、等級、資格、職務とは、その全てがつながっているわけではなく、会社によって、そのいくつかを組み合わせて人事評価のために使っているケースもあれば、その1つしか使わない場合もあります。職位だけで人事評価する場合もあれば、等級と職位を結びつけている場合もありますし、等級と職能資格を結びつけている場合もあります。
(2)自社の人事評価制度を知る
自社の人事評価制度の中で、職位、等級、資格、職務をどのように組み合わせているのかを把握しておかないと、それに応じた降格の手続きができません。その際ヒントとなるのは、就業規則、賃金規程、人事考課規程などです。
「うちでは人事評価制度なんて作っていないよ」という会社でも、部長や課長といった肩書きの役職はあると思います。その場合は、「職位」だけで人事を運用しているといえるでしょう。会社の持つ人事権の裁量を利用して、その時の従業員の能力や空いているポストの都合から適切と思われる従業員を部長や課長といった「職位」につけていることになります。この場合は、降格をして「職位」を変更したり、外したりするのも、会社の人事権の裁量に基づいて行うことができ、就業規則上の根拠も必要ありません。「職位」にあることによって支給されていた役職手当なども、降格によって自動的になくなることになります。
注意が必要なのは、「等級」を「職位」や「資格」、「職務」と結び付けている場合です。このような場合、「等級」に基づいて一定の役職(職位)につけたり、昇給などを行ったり(高順位の資格を割り当てている)、「職務」の「等級」に見合った能力を持つ従業員を仕事に割り当てているはずです。
4 降格で必要になるもの
(1)降格と就業規則・賃金規程
「等級」を「職位」や「資格」「職務」と結び付けて、一定の役職につけたり昇給などを行っている場合、降格をするには、就業規則に降格についての定めが必要です。
なぜなら、従業員が一度身に着けた仕事のスキルがなくなることはないので、「等級」は下がるはずがないからです。この発想があるので、「等級」を下げたり、等級と結びついている「職位」や「資格」「職務」を喪失させたり下げたりするためには、就業規則上の根拠が必要になるのです。
また、「等級」の上下によって給与の昇給や手当の支給が行われている場合には、降格(等級の切り下げ)によって減給や手当の停止が起こってしまうので、賃金規程上の根拠が必要です。賃金規程に降格によって賃金が減ることが定められているかもチェックしましょう。
(2)降格の裁量権の濫用
「職位」だけで人事を運用していて、就業規則なしで会社の人事権に基づいて職位の変更(降格)が可能な会社でも、「等級」を「職位」や「資格」「職務」と結び付けていて、就業規則や賃金規程上の根拠がなければ降格や減給ができない会社でも、どちらでも、降格を実行する時に裁量権を濫用することは許されません。つまり、会社の人事制度を適正に運用しなければならず、恣意的な運用は許されないのです。
例えば、業務上・組織運営上の必要がないのに降格している、従業員本人に能力不足などの落ち度(の証拠)がないのに降格している、大幅な減給が生じてしまい従業員への不利益が大きいといった場合、裁量権の濫用と判断されやすく、会社に不利になります。
降格人事を決定する前に、その従業員が現在のポストに不適格なのか、降格が業務上必要な処分なのか、会社側に降格の必要性を証明する証拠があるかといった点を十分に検討しなければなりません。反発しがちな扱いづらい従業員を報復として降格したり、能力不足の証拠がないのに降格をするのはやめましょう。
5 まとめ
能力不足の従業員の処遇を見直したいとき、大前提として、能力不足を証明する証拠があることが不可欠です。しかも、降格人事は従業員にとって精神的ダメージを与えるだけではなく、給与にも影響を及ぼす可能性がある重大な決定です。降格人事に限らず、個々の従業員を正しく評価し、能力を発揮できるような環境を整えるためには、人事評価制度が重要になります。会社の人事に関する制度を十分理解した上で、正しい配置転換や降格をするよう、注意しましょう。