中途でキャリア採用する企業の中には、職務能力の高さを見込んでキャリア採用した従業員を役職者として迎えることもあるでしょう。しかし、実際の仕事ぶりをみると、想定していた働きをしないケースや、コミュニケーション不足により社内の人間関係に支障をきたすケースもあります。今回は、キャリア採用し、部長職にあったシステムエンジニアを退職勧奨した事例をご紹介します。
1 キャリア採用したシステムエンジニア
X社はシステムエンジニアYを中途キャリア採用しました。つまり、中途採用というだけでなく、Yの職務能力の高さを見込んで採用し、初めから部長職につけたのです。採用時にはYの職歴や前職での実績を聞き取り、X社が社内の昇格試験で管理職向けに実施している筆記試験も受けさせました。
しかしYが実際に働き始めると、色々な問題が生じてきました。部署のメンバーとのコミュニケーションが少なく、指示が明確に伝わっていないことや、進捗管理がずさんで管理能力が劣ること、隣接分野の知識が不足していることなどです。また、そのような能力不足をX自身が認めず、他人に責任転嫁をするので、部下との関係もうまくいっていませんでした。
X社としては、Yをこのまま部長職に就け、管理職を担わせることは難しいと判断しました。部長職で、他の社員よりも給料が高いことも、周りの従業員たちの不満を呼んでいると考えています。では、X社はYに対してどのように対応すべきでしょうか?
2 解雇は可能か、解雇をすべきか
特別な能力があることを前提に採用した場合、その採用の前提となっている能力がないことが判明すれば、それが解雇事由となります。
Yの採用の場合、X社は単にYの経験年数や職歴だけを頼りにしたのではなく、能力試験を実施した上で、相応のポストと待遇を用意しました。これらのことから、採用時に、X社とYとの間で「X社における部長職相当の管理能力を有すること」が採用の前提条件になっていたといえます。そのため、今回、Yを能力不足で解雇することは可能でしょう。ですが、解雇ができることと、解雇をすべきであることは、異なります。
注意したいのは、中途のキャリア採用に応募する人は、それなりに能力が高いという自負があるということです。その人に対し、「能力不足だから解雇する」と言ったからといって、素直にそれを受け入れるでしょうか。「会社の評価方法がおかしい」「不当な評価で解雇された」と訴訟などの紛争に発展する可能性があります。
訴訟に発展すると、解決には1年以上かかります。会社に証拠が不足していた場合には、敗訴することもあります。解雇をすることで会社が負うリスクを考えると、解雇をする前に自主退職を促すなど、他の手段を試みるべきでしょう。
今回のX社は、解雇に備えて能力不足の証拠を集めつつ、降格や退職勧奨(自主退職を勧めること)の対応を取ることになりました。
3 自社の人事制度の確認
能力不足の従業員に対処するとき、自社の人事制度の確認は不可欠です。解雇にせよ、降格をするにせよ、人事制度のルールに反しないように進めなければいけません。
X社の場合、「職能資格制度」という人事制度を導入していました。簡単に説明すると、その従業員がどれだけ仕事をこなす能力(職能)が高いかレベル(等級)付けし、それに見合った待遇グループ(資格)に割り当てるというものです。
例えば、ある従業員の職能が1級レベルに達した時には1級の待遇グループに当てはめ、見合ったポストや給料を与えることになります。
今回のX社では
Mー1(等級)……理事(資格)……事業部長(ポスト)
Mー2(等級)……部長待遇(資格)……部長(ポスト)
Mー3(等級)……課長待遇(資格)……課長(ポスト)
Lー4(等級)……課長代理待遇(資格)……係長(ポスト)
Jー5(等級)……主任(資格)……主任(ポスト)
という職能等級と資格と実際に割り当てるポストのつながりを作っていて、YはMー2の能力があると判断し、部長のポストを与えていました。等級をMー2とするのか、Mー3やLー4などの他の等級にするのかを決めるためには、そのようにレベル分けをする根拠となる、人事評価の基準と人事評価の項目があります。
人事評価の項目とは、知識、技能、人間対応能力、業務処理能力、意欲など、その人の能力を評価する要素を表します。人事評価の基準とは、これらの要素が、どの程度まで達していたら、どの等級に認めるのか、という基準を意味します。
X社では、Yの能力不足の証拠を集めつつ、降格や退職勧奨を行うことにしたので、自社の人事評価制度に則って、日々のYの働きぶりの資料を集めたり、評価に落とし込むようにしました。
4 会社の評価のフィードバック
往々にして能力不足の従業員は、本人にその自覚がありません。仕事がうまくいっていない、とは思っていても、周りのせいにしたり、会社のせいにしたりする場合もあります。この状態のままで降格や退職勧奨をしても従業員の反発を招くだけで意味がありません。
X社では、Yの問題点の報告があがる度に面談を行う他、半年に一度の人事考課のタイミングでも面談を実施するようにしました。その際、周囲からのヒアリングを踏まえつつ、Yの言い分を聞き、公正な態度で接するように務め、人事考課の結果が出た際には、それをもとに会社からの評価を伝えました。面談の際には、きちんと資料や根拠を示して、能力不足を指摘するのが重要になります。会社が客観的な根拠をもとに説明しないと、従業員は嫌がらせで不当に低い評価をされていると思い込んでしまうからです。
また、面談の際には議事録も作成して会社に保管し、記録を残すようにしました。メールによる報告や指導も証拠を残す上で有効ですが、第三者から対象の従業員の不手際を報告するようなメールを不用意に本人に見せたりするのはやめましょう。対人トラブルの原因となるばかりか、周囲の人間ぐるみで自分を陥れようとしていると思いこんで益々意固地にさせてしまいます。
5 退職勧奨の実施
X社はYと何度か面談を重ね、本人に能力不足の自覚を与えた後で、退職勧奨を行いました。Yは初め抵抗しました。X社はこのままの評価が続けば、人事評価制度に則って課長職に降格になることを伝えました。社内規定により、人事考課で3回連続してD評価以下の評価を受けると、降格となることが明記されており、Yはこの時、入社後初めての人事考課でD評価となっていました。その後、2度目の人事考課でもYがD評価となったため、面談を実施し、退職勧奨を行ったところ、Yは自主退職に応じました。
6 まとめ
退職勧奨や降格を行う際、自社に人事評価制度がある場合には、人事評価制度の規定を確認し、それに則って対処しなければならないので、注意が必要です。遠回りのように思えますが、制度に則って人事評価を進めると、自然と能力不足に関する証拠も集まり、従業員本人を説得して自主退職を成功させる鍵になります。