近年身近になってきたメンタルヘルス不調。若い従業員にはより一層身近に知られているもので、心療内科を受診することに遠慮や抵抗がない人も増えています。従業員がメンタルヘルス不調となった場合、会社はどのように対応していくべきかご紹介します。
1 メンタルヘルス不調の位置付け
会社は従業員の心の健康に対して、安全衛生法上の義務や安全配慮義務を負っています。従業員のメンタルヘルスは、会社が気にかけ、ケアを行うべきものということです。
ですが、メンタルヘルスに不調を来した従業員は、少しも心の負担になるようなことをしてはいけない触れられない存在になるというわけではありません。なぜなら、従業員は、働いて労働力を提供するのが義務なので、その義務をまっとうできないのならば、本来、会社へいつづけることが認められる訳ではないからです。
気をつけておきたい点は、メンタルヘルス不調の特徴として、好不調の波があるということです。ある日突然、体調が悪化して業務ができなくなると、任せていた業務が止まってしまいます。次にまたいつ調子が戻るのか悪化するのかわからないので、その人に業務を任せることが難しくなり、業務全体の計画が狂いかねません。
メンタルヘルス不調の従業員がいる場合には、かわいそうだと見守るだけではなく、適切に休職に導かないと、会社の業務全体が停滞してしまうことを意識しましょう。
2 私傷病と労災のちがい
メンタルヘルス不調は、業務上のストレスが原因になる場合と、私生活でのストレスが原因になる場合があります。
業務上のストレスが原因の場合は、労災になることがあります。私生活でのストレスが原因の場合は、労災と区別するために「私傷病」と言います。
労災の場合には、働けなくなった休職中のお金の補償は労災保険からされます。私傷病の場合には、働けなければ会社の休職の規定でお休みすることになり、会社からの給与は無給になります。その代わり、健康保険から傷病手当金を受け取ることになるのです。
2つの大きな違いは、労災の場合には、基本的に解雇が禁止されることです。私傷病での休職の場合、休職期間が明けても復職できなければ、退職することになります。
労災と私傷病の区別の仕方ですが、労災になるのは、業務上のストレスの中でも、暴力を振るわれるようなパワハラや2週間以上無休での連続出勤など、特にストレスが強い場合です。業務上、何かしらのストレスを受けることは当たり前なので、必ずしもストレス全てが労災になる訳ではありません。従業員から会社でのストレスが原因だと言われても、労災になることを心配しすぎる必要はありません。ですが、従業員が労災の申請をしたい、と言ったら、労災隠しになるような対応はよくありませんので、申請には協力し、あとは労働基準監督署の判断を待ちましょう。
3 私傷病と休職
私生活でのストレスが原因でメンタルヘルスの不調を来した場合には、私傷病として、会社の休職制度を利用するか、検討することになります。
(1)休職とは
休職とは、単にお休みを与える休暇のような制度ではありません。休職は、心身の不調が原因で一時的に労働できない従業員に対して、労働の義務を免除するものです。従業員は、労働力を提供するのが雇用契約上の義務ですから、本来、働けないのであれば、退職することになります。休職とは、解雇を猶予する、解雇の一歩手前の制度なのです。
ですから、休職は、本来なら解雇すべき重篤なレベルの不調がある場合と考えられています。適応障害などでたまに早退することがあるといった程度の不調では、本人が希望していないのに一方的に会社が休職を命じることは避けるべきでしょう。
(2)休職は無給
休職は、会社の就業規則に書かれてある休職制度に則って行います。多くの会社では、休職中の給与はなし、とされています。休職中でも給与を支払うことにすると就業規則で定めても法律上問題はありませんが、働いている他の従業員との公平からすると、無給にすべきでしょう。
休職中に会社からの給与の支払いがなくても、従業員は加入している健康保険組合から、傷病手当金の支払いを受けることができます。とても大雑把に言うと、働いていなくても、普段の給与の6割くらいの傷病手当金を受け取ることができるのです。
一方、休職中でも、その従業員は会社に在籍していますので、社会保険に加入しています。本来は給与から天引きしていた従業員負担分の社会保険料が、休職中は天引きができなくなってしまいますので、会社が立て替えることになります。しかし、そのまま従業員が辞めてしまった場合、立て替えた分を従業員から回収できなくなってしまいます。これを避けるために、従業員が休職するタイミングで、従業員から、傷病手当金を会社が代理受領すること、その傷病手当金から社会保険料を相殺することを同意してもらうのが好ましいです。
(3)休職と退職
休職期間が明けても回復せず、復職できない場合は、退職することになります。もともと解雇の猶予措置として休ませていたわけですから、休職を明けても業務に復帰できなければ、退職となるわけです。
この退職ですが、就業規則に「自然退職」と書くか「解雇」と書くかで、法律的な扱いが変わるので注意が必要です。自然退職の方が紛争の防止に資する書き方になります。
解雇とした場合には、「復職できる状態にならなかった」という解雇の理由を会社が立証しなければいけません。一方、自然退職の場合は、「復職できる状態になった」ことを従業員が立証しなければいけません。
このような違いがあると言われていますが、いずれにしても、従業員から退職願があるわけでもないのに会社が一方的に辞めさせるという意味では、解雇に近い性質があります。就業規則に自然退職と書いた場合でも、復職できないのかどうかの判断は慎重に慎重を重ねましょう。
4 休職制度の設計
(1)就業規則の記載
休職は解雇の一歩手前という重大な制度なので、休職させる場合には、会社の就業規則に休職の規定がある場合に限られます。就業規則に休職制度がない場合は、欠勤や業務不良など別の理由で解雇を検討するか、就業規則を変更してからその従業員に休職を適用するかということになります。
(2)休職のスタート
ア 休職事由
休職をスタートするためには、就業規則に書かれた休職の事由に当てはまらなければいけません。多くの場合、私傷病で就労が困難な場合や欠勤状態が続く場合が休職事由として定められています。休職は、私傷病で働かせられないと会社が判断するものなので、傷病があることの証拠として、必ず、従業員の診断書をもらわなければいけません。
イ 連続欠勤
メンタルヘルス不調の場合、状態が安定せず、普通に出勤できる日と欠勤する日が入り混じって繰り返されることがよくあります。そのため、「連続欠勤が〜日以上の場合」を休職事由にしてしまうと、あてはまらなくなってしまいます。就業規則の定めかたを「3か月の欠勤日数が30日以上になった場合」や「連続欠勤が〜日以上の場合またはこれに準じる欠勤状況である場合」としたり、「連続欠勤が〜日以上の場合」としつつ、出勤したために欠勤が中断した場合でも、その中断の期間が一定期間内の場合には、前後の欠勤期間を通算することを定めておくのがよいでしょう。
ウ 回復の見込み
また、休職は、労働を一定期間免除することで、再び労働できるようになるということが前提なので、回復の見込みがないと診断されている場合は、休職させられないと定めておいた方がいいでしょう。その場合には、解雇事由にあてはめて解雇することになります。
(3)休職の期間
ア 期間の上限
休職の期間をどれくらいと定めるかも、就業規則の書き方によります。一律で休職期間が決められているパターン、一定期間以内でその都度会社が適当な日数を決めるパターン、勤続年数によって休職期間が延びるパターンなどがあるので、自社の規定を確認することが大切です。
休職期間を何か月にしなければいけない、という決まりはありませんが、3か月、6か月、1年などで定めている会社が多いです。休ませることで傷病から回復させることが目的ですから、休職できる期間が1か月を上限にしている場合は、短すぎるといえるでしょう。
イ 期間の延長
休職期間を延長する規定を設定しておく場合もあります。例えば、休職期間を6か月が最長で、もうすぐ回復しそうな状態になっているのに、6か月で問答無用に退職させてしまうと、この退職の効力が争われるリスクを負ってしまいます。会社としては十分な回復の期間を設けて、復職を検討する期間も十分設けたけれども、それでも従業員が復職できるほどまでに回復しなかった、といえるように、いざと言うときの延長の規定を用意しておきましょう。延長の規定を設ける場合も、無制限に延長を認めては意味がないので、回復間近であると認められる場合に限ったり、延長期間にも上限を設けるなどの工夫が必要です。
ウ 休職中の管理
休職期間中は、療養するためのものですから、休職中の体調の確認や診断書の提出、主治医への聴取や産業医面談の実施を指示できる規定も作っておきましょう。
(4)メンタルヘルスの再発対策
メンタルヘルスは波があるため、一時期良くなっても、また不調が再発することが多いのも特徴です。一度休職させて復職しても、再度、休職が必要になった場合に最初の休職と同じように扱ってしまうと、いつまで経っても働けないのに雇用しているというどっちつかずの状況から脱せなくなります。
復職させた従業員が一定期間以内にまた同じ傷病で働けなくなった場合、復職を取り消して再度休職となることや、二度目の休職では一度目の休職の期間と通算することを就業規則に定めておきましょう。例えば、一度目の休職で休職期間いっぱいを使ってしまっていて、復職後、1か月で再び休職が必要になった場合だと、二度目に休職できる期間がもう残っていませんので、そもそも復職ができなかったのと同じ状態になり、退職を検討することになります。
5 まとめ
メンタルヘルス不調の場合に限らず、従業員は会社から辞めさせられそうな気配や不利益に扱われるような気配に敏感です。メンタルヘルス不調の従業員に対しては、決してめんどうがらずに、公正な態度で接することを心がけてください。そして、従業員から不満を持たれたり揚げ足を取られないように、就業規則の整備をしておきましょう。