コラム

能力不足の従業員を解雇するために判例で求められる必須の条件

解雇の条件は法律で定められています。しかし、具体的にどのような場合であれば解雇が可能になるのか、判断するのはなかなか難しいのではないでしょうか。今回は、過去の判例をもとに、どのような場合なら解雇が認められるのか、ご紹介します。自社の事例に当てはまるのか、検討してみてください。

1. 法律が求める解雇の条件

たとえ解雇を言い渡したとしても、解雇の条件が揃っていなければ、その解雇は無効となります。不当に解雇されたとして解雇した社員から訴えられたら、会社は負けてしまいます。会社が負ければ、結局、解雇を言い渡した社員が会社に舞い戻って来ることになります。

解雇の条件は法律で決められており、解雇に「客観的合理的理由」と「社会的相当性」があることが求められます。能力不足の社員を解雇しようとするとき、法律上の条件が、どのような場合なら満たされているか判断する際、参考になるのが過去の判例です。

2. 平均的能力のない社員の解雇

どのような場合であれば、能力不足で解雇できるのか。平均的な能力すらないレベルの社員は、解雇できるのでしょうか?

判例では、平均的能力がなかったとしても、解雇は無効になりやすいことが示されています。単に平均的能力がないという理由では、解雇できるほどの能力不足があるとは認められません。この事案では、相対評価での人事評価で、その下位10%未満の成績であっても、解雇を無効にしています(東京地裁平成11年10月13日判決)。

相対評価で下位の順位にいることが、必ずしも解雇に相当するほどの能力不足であるとはいえないのです。例えば、その会社に優秀な社員ばかり在籍していた場合、社内で下位にあたる社員が不良な社員とはいえませんよね。解雇ができるほどの能力不足といえるためには、絶対評価や多角的評価のうえで、働き続けるに値しない状況であることが証明されなければいけません。

3.  指導や研修を行わないままでの解雇

判例では、解雇が無効になりやすいことが示されています。指導、研修、配置転換を全く行わず、長期の自宅待機や解雇をちらつかせての退職勧奨をした事案について、裁判所は、会社が、早い段階から組織から排除することを意図したうえでの解雇だったとして、解雇を無効にしました(東京地裁平成13年8月10日判決)。

会社の指導や研修が不十分な場合、本当にその社員が解雇せざるを得ないほどに能力が不足していたとは認められにくくなります。むしろ、会社の方に、追い出す意図があって不当解雇したとも認められかねなくなってしまいます。

能力不足で解雇する場合でも、会社が指導を尽くして、やれることをやったのか、ということが重要な要素として判断されます。

◆指導の内容にも注意

たとえ指導をしていたとしても、それが単なる叱咤激励や抽象的な営業目標を掲げるだけでは、適切な指導があったとはいえないので、いきなり解雇した場合と同様に扱われます。

◆指導の結果にも注意

指導の結果、改善傾向が見られる場合には、解雇を否定される傾向にあります。指導にもかかわらず改善が見られない場合や、一時的に改善が見られたが、その後長期に渡って問題が続発している場合でなければ、解雇は難しくなります。

◆中途採用の場合の指導

中途採用の場合、採用の前提とされていた特定分野の能力が欠けていることが判明すれば、指導や配置転換の措置が不要であるとする裁判例もあります。

もっとも、中途採用の社員が能力を発揮できないのは、会社のシステムに慣れていないなど、本人の能力以外に要因がある可能性もあることから、新入社員に対して行うような、能力を身につけさせるための指導は必要ないものの、労働能率の向上を図るための指導は実施すべきでしょう。

4.  配置転換や降格を行わないままでの解雇

こちらも判例では、解雇が無効になりやすいことが示されています。ただし、中途採用の場合は判断が異なります。

当該社員が過去に、ミスを犯すことなく行える部署もあったことや、就業規則上、降格が可能であることを理由に解雇を無効にした例があります(大阪地裁平成14年3月22日判決)。

能力不足で解雇する場合にも、解雇の前に配置転換や降格などを通じて、会社に残る道を与えたのか、会社が解雇を極力避けるような措置を取ったのかということが重要な要素として判断されます。

一方、中途採用などで特定の地位(部長職を与えて採用した場合など)に限定して採用した場合には、その地位を全うする職務遂行能力があるかを判断すれば足りると考えられており、降格や配置転換は必須とまではされていません(東京地裁昭和57年2月25日判決)。

◆中途採用の場合の処遇

中途採用の場合は、特定業務や役職に限定して採用している場合も多いため(雇用契約書に明記することが必要)、配置転換や降格をするとなると、本人の同意が必要となります。そこまでして配置転換を実施することは必須ではないと考えられています。もっとも、中途採用であっても、特定業務や役職の特定がなく、契約上、他の一般的な社員と同じような処遇になっている場合もあるでしょう。その場合、会社の人事システム上、配置転換や降格の対象になるのであれば、他の社員と同様にシステム上の手続きを取り、処遇を改めることになります。

5.  就業規則の文言

解雇の条件である「客観的合理的理由」の有無について、どのように判断したらいいのでしょうか。会社に就業規則がある場合には、就業規則に規定された解雇事由にその社員が当てはまるのか、ということから判断することになります。

しかし、就業規則の解雇事由は、あらゆる事例に当てはめられるよう、抽象的に記載されているので、就業規則の文言を見ても、この場合は解雇事由に当てはまるのか、「客観的合理的理由」があるといえるのか、判断に苦慮することがあります。判例ではどのように判断しているか見ていきましょう。

「労働能力が著しく低く会社の業務能率上支障があると認められたとき」解雇ができると就業規則に記載されていた(東京地裁平成13年8月10日判決)の場合

単なる成績不良ではなく、企業の業務運営に現に支障や損害が生じ、企業から排除しなければならないときに限定されると捉えています。これに加え、この判例では、指導をしたが是正がなく今後も改善が見込まれないことや、会社側の非や社員側の汲むべき事情がないか、配置転換や降格ができないかを検討しています。就業規則の文言にあてはまるかどうかも、厳格に判断し、あてはまったとしても、あらゆる点で社員の解雇を否定してあげられるような要素がないのかが判断されています。

「労働能力が劣り、改善の見込みがない」場合に解雇ができると就業規則に記載されていた(東京地裁平成11年10月13日判決)の場合、「平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがない時でなければならない」と限定した解釈がされています。就業規則の文言に形式的にあてはまるだけでは解雇できないということがわかります。

6. まとめ

能力不足での解雇に成功した判例を見ると、5~10年に渡り会社が指導を繰り返す等、対応に苦労している事案が多いことがわかります。能力不足での解雇には、解雇の妥当性を示す能力不足の証拠に加え、会社が指導・教育を行ったか、配置転換等の措置を講じることはできなかったか等、会社として十分な対応を示す証拠も必要になります。判例からも明らかなように、解雇が認められるケースは極めて限定されるため、短期間での解雇には慎重になりましょう。

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