初歩的な仕事も満足にできない、求める水準に能力が達しておらず、期待していた成果をあげられない、そのような能力不足の社員であっても、解雇を即座に決定できるわけではありません。今回は解雇をする上で気を付けてほしいポイントをご紹介します。
1 相対評価はダメ
解雇を有効にするためのハードルは高く、能力不足で社員を解雇するためには「客観的合理的理由」が必要です。つまり、「誰から見ても辞めさせて当然」といえるような理由がなければいけません。能力不足で解雇しようとする場合、「こんなこともできないの」というように、会社が能力を低く評価している訳です。しかし、このような能力の評価には注意点があります。
次のように、解雇が無効になった裁判例があります。
(1)裁判例1〜セガ・エンタープライゼス事件(東京地裁判決平成11年10月15日)
原告労働者Xは、大学院卒業後、Y会社に就職し、採用事務、社員教育業務、外注管理業務、アルバイト従業員の雇用事務・品質検査業務等に従事した。Xは複数の部署での業務を経験したが、どの部署でも問題を起こして上司に注意されることや、顧客から苦情がなされることがしばしばあった。年3回実施される人事考課で、Xは相対評価により下位10パーセントに位置付けられており、その後、YはXを解雇した。Xはこれを不服とし、解雇の無効を求めて訴訟を起こした。
(2)判決
結論:解雇は無効
解雇するためには、平均的な水準に達していないというだけでは不十分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならず、……解雇事由を常に相対的に考課順位の低い者の解雇を許容するものと解することはできない。YはXに対し、更に体系的な教育、指導を実施することでその労働能力を向上する余地もあったといえる。
(3)ポイント1〜相対評価の問題点〜
判決では、ある社員の能力が、相対評価で下位にあることを理由に解雇することはできないとしています。この会社では、かなり体系的な人事評価を実施していましたが、それでも下位の能力の社員を解雇することは否定されています。
なぜなら、相対評価である以上、常に、ビリになる社員は出てきます。順位が悪いからといって解雇することを認めてしまうと、常に社員の誰かを解雇していいことになってしまい「客観的合理的理由」つまり、「誰から見ても辞めさせて当然」といえるような理由があるとはいえません。
絶対評価の視点から、会社の業務にどのような能力が必要か、どの程度の能力がなければ辞めさせるべきかを考えなければいけません。
2 客観的な証拠はあるか
ある社員を能力不足と判断するためには、そう判断できる客観的な資料や証拠が必要になります。どのような証拠が必要なのか、裁判所の判断から探ってみましょう。
(1)裁判例2~前原鎔断事件(大阪地裁判決令和2年3月3日)
新入社員でも3か月で習得できる作業もこなせない上、注意や指導を受けても、作業中の事故や怪我が絶えないことから、能力不足を理由に社員を解雇した事例
<判決>
原告は、……複数回の始末書や顛末書の提出、出勤停止を含む3回の懲戒処分、さらには度重なる注意指導を受けており、これにより、「就業状況が著しく不良で就業に適さないあるいはこれに準ずるもの」にあたることは明白であった。
として、解雇を有効と認める。
(2)裁判例3~東京高裁判決平成27年4月16日~
業務過誤及び事務遅滞を長年継続して引き起こしており、繰り返し必要な指導をしたが改善されなかったとして、能力不足を理由に会社Yが社員Xを解雇した事例。
<判決>
Xは、上司の度重なる指導にもかかわらずその勤務姿勢は改善されず、かえって、Xの起こした過誤、事務遅滞のため、上司や他の職員のサポートが必要となり、Y全体の事務に相当の支障を及ぼす結果となっていた。
Yは、本件解雇に至るまで、Xに繰り返し必要な指導をし、また、配置換えを行うなど、Xの雇用を継続させるための努力も尽くしたものとみることができ、Yが15名ほどの職員しか有しない小規模事業所であり、そのなかで公法人として期待された役割を果たす必要がある……として、解雇を有効と認める。
(3)ポイント2~指導録~
裁判例2・3で明らかなように、会社が度重なる指導を行っていることが、解雇をする上で、会社に有利にはたらいています。つまり、指導を行った「指導録」を残しておくことが重要です。指導録には、なるべく具体的に、日時やミスの内容、指導の内容を記載しましょう。ミスの頻度や尽くした指導の内容が分かれば、上司や他の社員による指導・サポートが甚大で、そのままでは会社の業務そのものに支障が生じる状態であったことも読み取りやすくなります。その社員の指導やサポートのために会社業務に支障が生じるなら、その社員の雇用を継続するのが難しい、解雇してもいい、と判断しやすくなります。
3 解雇回避の努力はしたか
引き続き、裁判例2・3を参考に、能力不足で解雇する時のポイントをご紹介します。解雇をする時には、「いかに能力が不足しているか」という証拠だけではなく、そのような社員に対して、会社はどのような努力をしたか、も重視されます。会社の努力は、解雇の条件の1つである「社会的相当性」つまり、「解雇する以外の方法はなかったか」という条件を満たすかで、有効にはたらきます。
(1)ポイント3~処分の履歴~
能力不足によりミスや事故を起こした場合、始末書を書かせたり、戒告・減給・出勤停止などの懲戒処分を行ったりすることが重要です。これには、いくつか、会社を有利にする意味があります。
1つ目は、処分を下すことが、能力不足の証拠になるということです。始末書や懲戒処分の通知書が証拠として形に残るからです。
2つ目は、会社が能力不足を重く受け止めているという証拠になるからです。始末書を書かせたり、懲戒処分にしたりするのは、そのミスを見逃していない、軽く見ていないという意味があります。逆に言うと、何も処分をせずに放っておいてしまうと、その程度のミスは会社で許容されていた、ということにもなりかねません。
3つ目は、本人への改善機会になるということです。解雇に失敗した多くの事例で、裁判所から「解雇の前に懲戒処分などをして改善の機会を与えるべきだった」と判断されています。本人にとっては、いきなり解雇で職を失うよりも、処分を受けて、いけないことだったと自覚して、改善のチャンスをもらえた方がマシだからです。
能力不足の社員に対しては、日常業務の状況を把握し、注意や改善点があれば、その都度、指導書など、文書で交付するようにしましょう。
(2)ポイント4~会社の努力~
裁判例3では、会社が配置換えをするなどして、本人が働き続けられる部署があるかを探っていることが、会社にとって有利に判断されています。指導を尽くす、処分をして改善の機会を与える、ということにならび、会社が本人に色々な部署、様々な業務をさせてみて、適正を探る努力をしていると、会社にとって有利に判断されやすくなります。いくつかの業務をさせてみたけど、どれも満足にできなかった、となると、さすがに解雇もやむを得ないだろう、ということになります。
4 まとめ
能力不足で解雇すべき、と判断するためには、能力不足の社員に対して、会社が求める能力と、その能力が会社の基準に満たないことを明確化した上で、絶対評価の視点から能力が不足している証拠を揃えなければいけません。人事評価のために評価基準を作っている会社では、多くの場合、相対評価の視点で基準を作成していると思います。しかし、これをそのまま解雇の指標としては認められないので注意が必要です。
また、解雇に拙速になるのではなく、能力改善の指導や注意、処分、異動など、会社としても十分に努力をし、その証拠が求められます。能力不足社員の解雇が有効か否かの決め手は、どこまで手を尽くしたか、客観的な資料、証拠を揃えられるか、にあると言っても過言ではありません。