中小規模の会社であっても、経営者の仲が悪くなることや、経営方針が対立するなど、経営権を巡るトラブルが発生することがあります。ある日突然、経営権の争いが表面化したとき、どのように対処すればいいでしょう。事例をもとにご説明します。
1 【事例】表面化した不満
X社は中規模の機械製造会社でした。代々、家族経営を営み、社長は祖父から父、父から長男へと継がれてきました。しかし、長男が社長を務めることに、平の取締役である二男は不満を抱いていました。ある時、長男が取締役会を開かずに独断で経営に関する決定を行なったことをきっかけに、二男は周囲を巻き込んで、長男の社長としての資質を問い、長男を社長から下ろし、二男自らが社長になろうと画策するようになりました。
2 経営権の争いとは
経営権の争いとは、具体的には何をめぐる紛争が起こっているのでしょう。
経営権の争いには、2つの場面があります。1つは取締役、特に代表取締役(いわゆる社長です。)を誰にするかという取締役内での争いの場面です。もう1つは、株主総会でどの株主のグループが多数票を形成するかという場面です。
(1)取締役内の争い
取締役を誰にするかという争いは、取締役会の中で、どのグループが多数派を形成し、主導権を握るかという争いです。取締役会(取締役会がない場合は、取締役)は、日々の経営の中でも重要な事項を決定し、実行しますから、このように重要な業務の決定・実行について主導権を握りたい場合、取締役の中で争いが生じます。
(2)株主内の争い
一方、株主総会での株主の争いは、さらに大きな視野での会社の方向性の争いがある場合や、そもそも、取締役の争いの背景に株主の争いがある場合があります。
取締役会のある会社では、株主総会では、取締役会よりもさらに大きな視野での会社の方向性を決定します。例えば、会社の予算の決定、株式の発行、取締役の選任などです。
取締役の選任の権限は株主総会にあるので、誰が取締役になるかという取締役内の争いが株主内での争いというかたちで表面化することもあります。
また、取締役会を設置していない会社もあります。その場合、会社のほとんどの事柄は株主総会に決定権限がありますので、なおさら、株主内での争いが会社の帰趨を決することになります。
3 経営権争いの対処法
(1)多数派の形成
経営権の争いに勝つためには、多数票を集めなくてはいけません。なぜなら法律上、会社の決定はすべて多数決で行われるからです。
取締役内の争いであれば、取締役の「頭数」で過半数を味方につけます。もし頭数で過半数を取れないのであれば、株主総会で取締役を新たに選任したり、既存の取締役を解任することも視野に入れます。こうしてみると、取締役内の争いは、株主内での争いに発展することが分かります。
株主内の争いの場合、持っている株式の「議決権の数」で過半数票を集めます。株主の頭数と議決権の数は一致しないため、注意が必要です。あくまで議決権の数が基準となります。過半数の議決権を集めようとする時、すでに経営と疎遠になっている株主やごく少数の株式しか保有しておらず、普段は目立たない存在の株主から株式を買い取ったり、株主総会の議決権を委任状で集めたりという動きが起こります。
このように、経営権の争いでは、多数派工作に乗り遅れないことが何より重要です。
(2)取締役の選解任
経営権の争いが取締役内で起こっている場合、多数派を形成するために、既存の取締役を解任したり、別の新たな取締役を選任したりという動きに発展することがあります。
取締役の選任解任は株主総会で決定されることなので、結局は株主の議決権数で多数派を形成している方が取締役内の争いにおいても強いということです。
取締役を選任解任するには、株主総会の開催が必要ですが、株主総会の開催を決定するのは、取締役会です。そして、もし取締役会が株主総会を開催しない場合には、議決権の100分の3以上を保有する株主であれば、取締役会に対し、株主総会を開催するように請求できます。ここでもやはり、多くの議決権を持つ株主は強いということになります。
(3)株式の発行
経営権の争いが取締役内で起こっている場合でも、株主内で起こっている場合でも、結局は株式で議決権の過半数(株主総会の特別決議になる場合を考えると議決権の3分の2以上があると万全)を押さえることが重要になります。
そこで、将来的な多数派の形成も視野に入れて、新たに株式を発行し、自陣営の株式を増やしておくことも考えられます。
新たに株式を発行することを、「新株発行」といいます。株主内での多数派争いをしている場合、自陣営の株主にだけ、新たな株式を持たせて株式数を増やしたいと思いますから、特定の人物に対してだけ、新たな株式を発行することになります。このように特定の株主にだけ新株を発行することを、「第三者割当て」(第三者割当て増資)といいます。
新株発行をすると、既存の株主に影響が及びます。つまり、既存の株主の議決権の割合が変化し、それまで有していた影響力が変わってしまうのです。例えば、全部で100株発行されている会社で、10株を保有している場合、これまでは10%の議決権割合(10%の影響力)を有していましたが、新株が900株発行されて、全部で1000株となれば、同じ10株でも議決権割合は1%に低下してしまいます。
そのため、新株を発行する場合には、一定の手続が必要になります。特に、中小規模の会社の場合、株式の譲渡に会社の承認を必要とする「譲渡制限」をつけている場合が多く、このような会社(非公開会社)の場合には、株主総会の特別決議(過半数の株式を有する株主が出席し、そのうち3分の2以上の株式を有する株主が賛成する)が必要になります。
4 まとめ
経営権争いに勝つために、具体的にどのような方法を取るのが有効かつ現実的なのかは、個々のケースによって異なります。株式を売り渡してくれる株主のアテがあるのであれば、既存の少数株主から株式を買い取ってしまうのが有効ですし、時間的金銭的に余裕があるのであれば、新株を発行して、自陣営で新株を購入するという方法もあります。
事例の会社では、取締役内の経営権争いが表面化しましたが、結局のところ、取締役の選任解任をめぐり、株主内の議決権争いに発展し、大株主であった長男が勝つ結果となりました。










