「本人に悪気はないようだけれど、いつまでたっても仕事が身につかない」「繰り返し同じミスをする」、このように仕事でのミスが多い社員に手を焼いている経営者は少なくないでしょう。今回は、このような問題社員に円満退職をしてもらった事例をご紹介します。
1 初歩的なミスを繰り返す社員
X社は不動産会社で、社員Aは事務的な補助業務をしてもらうために採用した内勤の社員です。社員Aは使用した資料を棚に戻さないまま退社したり、退社時の保管庫の施錠のチェックを怠ったり、という小さなミスを繰り返していました。ある日、入出金業務で会社の通帳・キャッシュカードを預けて銀行にお使いを任せたところ、それらを持ったまま個人的な買い物のために寄り道をしてしまったことがありました。また、来店したお客さんにもそっけない対応をするため、時折、クレームを受けていました。
2 解雇か合意退職か
(1)解雇ができるか
社員Aの問題点を整理すると、資料を戻さない、保管庫の施錠をしない、会社通帳・キャッシュカードを持ったまま私用をする、接客対応が悪いという点です。
会社に金銭的な損害が出るといった実害が及ぶほどの勤務不良ではないため、残念ながらこの程度のミスでは、何度繰り返していたとしても「誰から見ても辞めさせても当然」といえるような理由があるとはいえません。 つまり、解雇の条件である「客観的合理的理由」がないため、解雇することができないのです。
(2)合意退職を目標に
社員Aは解雇の条件が揃わない事案だったため、合意退職を目指すことになりました。具体的には、指導を繰り返した上、定期的に面談を実施することで、「今のままでは会社から評価されない」ということを本人に自覚させたうえで、面談での退職勧奨(自主退職をしないか勧めること)をしていくことにしたのです。また、社員が退職することに了承するかどうか、最後の一押しに金銭的な補償が必要な場合に備え、社員A の3か月分の給与をあらかじめ用意しておくことにしました。
(3)指導の方針
さて、この社員Aをただ、「やる気のない社員」ととらえてしまうと、指導のしようがないように思えます。しかし、会社としては、問題の原因を冷静に分析し、それを社員本人に示さなければいけません。社員Aのようなやる気がない社員の場合、まず、指示されている業務の意義や重要性を理解していない場合があります。ですから、指導する側も、ただ「ルールだから」というだけでなく、意義を意識して伝えるようにしなければなりません。
社員Aの問題点は4つありました。それぞれの問題点ごとに意義や重要性を説明していきます。具体的には、
問題①資料を戻さない:資料を戻さないと、翌日、他の社員が使えずに業務の妨げになるかもしれない。資料の中には、外部に漏れてはいけない顧客の個人情報や部外秘の情報もあるのだから、管理は徹底しなければならない。
問題②保管庫の施錠を怠る:保管庫には紛失してはいけない情報や物件の鍵などが保管されているため、管理を徹底する必要がある。
問題③会社通帳・キャッシュカードを持ったまま私用を済ませる:会社の通帳やキャッシュカードは、金銭管理に関わるもので、いわば会社運営の根幹であり、仮に紛失したら、再発行までの会社の支払業務が止まってしまい、取引キャンセルなどの損害が生じる恐れがある。また、横領などの危険が増すので管理の徹底は必須で、用務後は即座に帰社する必要がある。
問題④接客対応が悪い:接客対応は会社の最初の窓口であり、顔でもある。来店客に気持ちよく過ごしてもらうことは、売上にも繋がる重要な業務であることを自覚し、丁寧な対応をしなければならない。
3 指導の開始
(1)指導担当者
指導には、2人の担当者があたることになります。1人は、直属の上司や指導担当者となれる先輩。直接の指導者となるので、普段からの関係性にも着目します。全く指導にあたったことがない上司や先輩はあまり適切とは言えませんし、年次が近すぎて指導というよりアドバイス程度の先輩社員も指導役としては、ふさわしくありません。もう1人の指導担当者には、さらに上の立場の上司があたります。さらに上の立場の上司を指導担当者にするのは、面談時に主導役になってもらい、より冷静で重みのある指摘をするためです。複数名の指導者が指導にあたることによって、問題社員からしてみても、自分に与えられる指導が、1人の上司の独断ではなく、会社としての一貫した対応であると感じられます。社員Aの場合は、直属の上司とX社の社長が指導担当者を引き受けることになりました。
(2)日報の付けさせ方
まず、業務日報を社員Aに毎日書かせ、直属の上司が確認してコメントを返すことを日課としました。業務日報の項目に何を設けるかですが、日報なので、「日付」は必須。また、「指導者からのコメント」欄も必須です。それ以外に「本日の仕事内容」「指導・注意を受けた内容」「指導・注意に対する改善内容」を設け、社員A自らに記載させるようにしました。記載項目は3項目だけなので、イメージとしてはかなりシンプルな日報です。
中でも、特に怠りがちであった「退社時の資料の片付け」「退社時の保管庫の施錠」は、チェック式の項目をつくり、毎日社員A本人にチェックをさせるようにしました。このように、社員Aの指導に利用した日報には、「日付」「本日の仕事内容」「指導・注意を受けた内容」「指導・注意に対する改善内容」「退社時の資料の片付け」「退社時の保管庫の施錠」「指導者からのコメント」の7つの欄を設けました。
また、直属の上司は業務中にも気づいた点を社員Aに指導するので、その内容は「指導・注意を受けた内容」に記載されることになります。もし指導を与えたのに、社員Aがそのことを記載していなければ、「指導者からのコメント」の欄でそのことを指摘するようにしました。
(3)役割分担
日報をチェックしてコメントを返すのを翌日の業務中に完了するのは、指導役の直属の上司にとって負担が大きい場合もあります。その時はもう1人の指導担当者であるさらなる上司が行ってもよいでしょう。社内で指導担当者の役割分担を行い、1人に負担が集中することのないように調整してください。
4 面談の実施
業務日報を通じた指導を続けた結果、社員Aは日報に「やった」と書いてあることを、実際には行っていなかったり、何度も同じ指導を繰り返されたりしていました。そこで指導開始から2週間で面談を実施することになりました。面談は、指導担当者となった上司2名と本人の3者面談という形で行い、これまでの日報の成果をおさらいした後、退職勧奨をしました。
(1)面談の頻度
今回は同じミスの繰り返しだったので、その実績を十分積み重ねたと思える2週間で面談を実施しました。「業務日報の書き方がわからないせいだ」「指導で言われたことの意味がわからない」などと初歩的なことがわからないと言って反発しそうな社員の場合は、最初の1週間でまず面談を開き、指導の意義などをきちんと説明した方がいいでしょう。その後は問題の起こる頻度に応じて、1週間~2週間程度で面談の機会を設けます。日頃の業務にミスはないが、たまにトラブルを起こすような社員の場合には、月に一度程度の面談でもいいでしょう。
(2)相手を傷つける発言はNG
退職勧奨の時には、会社側が感情的になったり、クビをちらつかせたりするような言動は慎みましょう。相手をバカにしたり、感情を傷つけるようなことは決して言わないことです。誤った発言をしてしまうと、素直に退職に応じてもらえなくなります。あくまで「あなたはうちでは合わないけど、他に活躍できる会社はあると思う」というスタンスで対応するようにしてください。
5 退職の成立
面談時の退職勧奨により、社員Aは退職に応じました。その際、本人から退職への不満や金銭的な不安を訴えられなかったことから、金銭的な補償はせずに済みました。
社員が退職に応じたら、必ず退職の合意書を作ってサインをさせ、自分の意思で辞めたことを明確にさせることが大切です。退職の合意書の内容は、その他に、何日付けで辞めるのか、備品や制服の返却、健康保険証の返還など双方の話し合いにより決めていきます。
6 まとめ
社員Aの退職成功の鍵としては、自分のできていないことが明確になったこと、それを上司2人から指導されたことの2つが挙げられます。
日々の業務で、口頭で指導しているだけだと、聞き流されたり、それほど重要な指摘じゃないと判断されたりすることが多く、自分ができていない、という自覚が生まれづらいこともあります。業務日報を書かせることで、自分がやると言ったことができていなかったことが明るみになる「可視化」効果もあり、本人にとって「自分はこの仕事に向いていないかも」と思うきっかけになります。
退職勧奨から合意退職まで、比較的短い期間でトラブルなく進められた背景には、日々の業務日報が大きな役割を果たしていることが、この事例からもおわかりいただけるのではないでしょうか。