企業を営むうえで、従業員が企業秩序を守るのは当然です。ですが、働くうえでの服務規律を守れなかった時に懲戒をするには、どのようなことが必要でしょうか? 従業員に懲戒を課すには、就業規則に懲戒の規定があることが必須になります。
1 懲戒と就業規則
懲戒というのは従業員に対する不利益処分です。従業員が会社のルールを守るのは当然ですが、ルールを守れなかった時に懲戒を課すためには、就業規則の定めが必須になります。これは、判例でも認められていて、「使用者が労働者を懲戒するには、あらかじめ就業規則において懲戒の種別および事由を定めておくことを要する」とされています。(フジ興産事件。最判第2小平15.10.10)
2 就業規則の周知
そして、就業規則は単に作成するだけではなく、周知しなければ、効力が生じません。つまり、周知していない就業規則で懲戒した場合、その懲戒処分は無効になってしまいます。周知とは、どういった状況をいうのでしょうか。具体的には、
・労働者の一人ひとりへの配付
・労働者がいつでも見られるように職場の見やすい場所への掲示や備付け
・電子媒体に記録し、それを常時モニター画面等で確認できるようにする
といった方策が必要になります(労基法第106条第1項)。
注目したいのは、周知したといえる指標は、実際に就業規則の内容を知っていることではなく、いつでも内容を確認できる状態にしていることだということ、そして、周知できたかどうかは時間的な問題ではないということです。
3 不遡及の原則
就業規則があっても処分できない場合があります。それは、就業規則を定める前に起こった事実をもとに懲戒することです。これを、不遡及(ふそきゅう)の原則といい、懲戒は遡らない、遡って懲戒してはいけないというものです。
どのようなことかというと、就業規則ができる前は、従業員に対して、何をやってはいけないのか、ルールが示されていなかったのですから、禁止されていない状態で犯してしまった行動を後から罰してはいけない、という法体系の理念になります。
4 一事不再理の原則
就業規則によって懲戒できない場合がもう1つあります。それは、同じことが原因で2度懲戒してはいけないという一事不再理の原則です。
例えば、1度の遅刻で譴責という懲戒をして、懲戒後も反省した様子が見られないからもう1度懲戒をするというのは、してはいけません。
ですが、1度目の懲戒の後、また遅刻をした場合、その遅刻を理由に懲戒をするのは、一事不再理にはなりません。
5 就業規則での懲戒の定め
就業規則には、「懲戒の種類」と「懲戒の事由」(どんなことがあった時にどの懲戒をされるのか)を定めないといけません。
懲戒の種類や事由の内容について、労基法上の制限はありませんが、一般的な規定の仕方に倣う方がいいでしょう。何故なら、独自の懲戒ルールを設けてしまっても、本当にそれくらいのことでそんな不利益な懲戒処分をすべきだったのか、と疑問を持たれてしまうからです。このような不合理・不相当な懲戒をしてしまうと、結局は、その懲戒は無効になってしまいます。
6 懲戒の種類
懲戒の種類の代表的なものは、戒告、譴責、減給、出勤停止、降格、諭旨解雇、懲戒解雇です。
・戒告…労働者に対して厳重注意を行う懲戒処分。最も軽い懲戒処分。
・譴責…労働者に対して厳重注意を行う懲戒処分で、始末書の提出を求めるもの。戒告と譴責はどちらか一方だけを定めることが多い。
・減給…主に基本給を減給する。ただし、減給は1回の額が平均賃金の1日分の5 割を超えてはならず、また、総額が1賃金支払期における賃金総額の1割を超えてはいけない。
・出勤停止…一定日数(7~10日程度)を限度として出勤を停止し、その間の賃金は支給しない。
・降格…役職や職位、職能資格を下げる処分。役職や職位、職能資格に伴って支給されていた手当や基本給の引き下げを伴う。
・諭旨解雇…懲戒解雇に相当する事由があるときに、会社が従業員に理由を告げて、従業員に退職届の提出を勧告する処分。諭旨解雇に応じない場合は懲戒解雇が予定されている状態。
・懲戒解雇…重大な就業規則違反に対してする懲罰としての解雇。即時解雇することが一般的(解雇予告手当を支給するか、除外認定を受ける)。最も重い処分。
どの懲戒を定めるかは企業に任されています。戒告か譴責はどちらかだけの場合もあれば、降格や諭旨解雇はない場合もあります。
7 懲戒の事由
モデル就業規則をもとにした例として次のようなものがあります。
(1)解雇以外
労働者が次のいずれかに該当するときは、情状に応じ、けん責、減給、出勤停止または降格とする。
1 正当な理由なく無断欠勤が3日以上に及ぶとき。
2 正当な理由なくしばしば欠勤、遅刻、早退をしたとき。
3 過失により会社に損害を与えたとき。
4 素行不良で社内の秩序及び風紀を乱したとき。
5 就業規則第10条から第17条まで(服務規定)のいずれかに違反したとき。
6 その他この規則に違反し又は前各号に準ずる不都合な行為があったとき。
(2)解雇の場合
1 重要な経歴を詐称して雇用されたとき。
2 正当な理由なく無断欠勤かが日以上に及び、出勤の督促に応じなかったとき。
3 正当な理由なく無断でしばしば遅刻、早退又は欠勤を繰り返し、 回にわたって注意を受けても改めなかったとき。
4 正当な理由なく、しばしば業務上の指示・命令に従わなかったとき。
5 故意又は重大な過失により会社に重大な損害を与えたとき。
6 会社内において刑法その他刑罰法規の各規定に違反する行為を行い、その犯罪事実が明らかとなったとき(当該行為が軽微な違反である場合を除く。)。
7 素行不良で著しく社内の秩序又は風紀を乱したとき。
8 数回にわたり懲戒を受けたにもかかわらず、なお、勤務態度等に関し、改善の見込みがないとき。
9 就業規則第10条から第17条まで(服務規定)のいずれかに違反し、その情状が悪質と認められるとき。
10 許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用したとき。
11 職務上の地位を利用して私利を図り、又は取引先等より不当な金品を受け、若しくは求め若しくは供応を受けたとき。
12 私生活上の非違行為や会社に対する正当な理由のない誹謗中傷等であって、会社の名誉信用を損ない、業務に重大な悪影響を及ぼす行為をしたとき。
13 正当な理由なく会社の業務上重要な秘密を外部に漏洩して会社に損害を与え、又は業務の正常な運営を阻害したとき。
14 その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき。
(3)解雇とそれ以外の場合の比較
懲戒解雇の場合は、それ以外の懲戒に比べて、次のような要素を追加しています。
・無断欠勤にくわえ、督促をしても出勤しなかった場合
・無断欠勤、遅刻、早退にくわえ、それが多数回にのぼり、改善がない場合
・過失ではなく、故意や重大な過失で会社に損害を及ぼした場合
・単なる素行不良でなく、社内の風紀を「著しく」乱した場合
・単なる就業規則違反ではなく、「悪質」な違反の場合
(4)解雇でピックアップされている事由
懲戒解雇の場合、それ以外の懲戒には出てこない事由として、次のようなものがあります。このような事由があると、解雇に値する重大性があるということです。
・度重なる業務命令違反
・犯罪行為
・複数回の懲戒の末の勤務不良
・会社設備の私的利用
・横領などの金銭問題
・私生活状の素行不良
・会社の名誉や信用毀損
・秘密漏洩や営業妨害
情状酌量ができるよう「労働者が次のいずれかに該当するときは、懲戒解雇とする。ただし、平素の服務態度その他情状によっては、普通解雇、減給、出勤停止または降格とすることがある。」と定める場合が多いようです。
(5)受け皿規定の重要性
「その他前各号に準ずる場合」といった懲戒事由を表します。
受け皿規定を設けることにより、個別案件に係る具体的な規定は包括的な規定の例示として機能させ、明文だけではカバーしきれない解釈適用を行えるものです。
8 懲戒権の濫用
懲戒を課すにあたっては、形式的にあてはめていいのか、というと、慎重にならなければいけません。
労働契約法第15条は、「懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的 な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めており、懲戒事由に(1)合理性がない場合、(2)相当性がない場合、懲戒権の濫用と判断される場合があります。
例えば、「過失により会社に損害を与えたとき」が懲戒事由になっていますが、うっかりミスで会社の窓ガラスを割ってしまった時はどう判断されるでしょうか。この場合は懲戒には当てはまらないでしょう。
では、従業員同士が喧嘩を起こして窓ガラスを割った場合はどうでしょうか。この場合はむしろ「素行不良で社内の秩序及び風紀を乱したとき」に当てはめるべきです。
9 まとめ
懲戒は経営者にとっては身近なものでありながら、実際に課すとなると、就業規則でのルールの確立が難しい分野でもあります。従業員の問題行動が外部に広まれば、企業の社会的責任が問われる事態にもなりかねません。不遡及の原則もあるので問題社員が現れる前に就業規則を定め、企業のコンプライアンスを高めることが重要です。