コラム

「従業員がメンタルヘルスかも」と思った時の最初の対応

企業の労務管理にとって、職場内でのメンタルヘルス不調者への対応は避けては通れない重要な課題となっています。不調者が発生した場合、対応する会社側は多大なエネルギーをかけることを余儀なくされます。実際に従業員がメンタルヘルスに不調をきたした時の初動対応が重要になります。最初にやるべきことを確認しておきましょう。

1 メンタルヘルスとは

(1)どんな診断名

メンタルヘルス、どんな病名がある? と言われても、意外と思い浮かばないものです。以前はうつ病以外知られていませんでしたが、さまざまな診断名があります。また、ひと昔前までは分裂病と呼ばれていましたが、人格否定的な響きであるため、統合失調症と呼び名が変わるなど、メンタルヘルスは時代ともに変化しています。

具体的には、うつ病、躁うつ病、抑うつ状態、適応障害、不安障害、パニック障害、自律神経失調症、統合失調症といった病名があります。このような名前の診断を従業員が口にした時、診断書を持ってきた時には、やる気の問題などとは考えず、メンタルヘルス不調という一つの病気だという意識を持って対処しましょう。

(2)どんな症状

メンタルヘルスに不調をきたすと、めまい、動悸、頭痛、手の震え、倦怠感、窒息感(息苦しさ)、落ち着きのない様子、集中力のない様子、不眠、睡眠障害、飲酒量の増加、食欲の減退などの症状が表れます。職場においては、遅刻、早退、欠勤、居眠り、今までなかったようなミスを繰り返す、急に口数が少なくなる、やる気が感じられないなどの症状がサインとなります。

躁うつ病の場合、昂った躁の状態と消沈したうつの状態を繰り返すため、躁の状態の時に気が大きくなり、能力以上の仕事や過大な責任を負う仕事を引き受けてしまうこともあります。

統合失調症は、世界的に見るとおよそ100人に1人弱(0.7%)の割合で発症する、脳機能の問題による病気で、自我とそうでないものの区別がつかなくなるため、幻覚、幻聴、妄想が見られます。具体的には「会社のみんなが自分の悪口を言っている」などの妄想の症状が表れることがあります。

2 やってはいけないNG行動

(1)叱責

失態を叱りつけるというのは、なるべく避けたいもの。当初はメンタルヘルスの不調によるものとは気づかずにミスを叱ってしまうこともあるでしょう。もし、繰り返しミスが見られるようであれば、叱責を強めるのではなく、メンタルヘルスの不調の可能性も念頭においた方がいいでしょう。また、仕事を与えない、仕事が奮わないことを理由に減給するといった、ペナルティをあたえるような措置は、メンタルヘルスの更なる不調を来たす恐れがあるのでやめましょう。

(2)決めつけ

病気だと決めつける言動も避けたいところです。気遣うつもりであっても、本人が病院に行って診断を得ていない段階で「君は病気だ。すぐに病院に行け」というのは避けるべきです。ともすると、健常な従業員を病気だと決めつけて職場から切り離すようなパワハラ行為と受け取られかねません。パワハラとまでは言えなくても、言われた従業員が傷つく可能性は大です。

(3)同情・共感

自分ごとに置き換える、共感するというのも気をつけなければなりません。これらの対応が本人の気持ちを楽にすることもありますが、逆に、「自分の話を聞いてもらえていない」「わかるはずがない」と拒絶感や孤立感を深める場合もあるからです。

3 おかしいなと思ったら

本人からの自己申告があればよいのですが、場合によっては、様子がおかしいのに出勤してきてしまうこともあります。そのようなときに企業はどう対処すべきでしょうか。

(1)上司や同僚からの情報収集

本人から体調不良の自己申告がない場合、まずは周囲から情報収集を行うようにしてください。それによって本人への対応をある程度想定することができます。ただし、病気であると決めつけて周囲への聞き取りをしてしまうと、「あの人は病気らしい」という噂が一人歩きしてしまうことや、本人の孤立感を深めることにもなりかねません。あくまで、様子の確認という目的を忘れないようにし、聞き取りをする対象者や人数も最小限になるように意識しましょう。

(2)産業医への相談

産業医がいる場合には、本人への対処方法、今後の方針、注意点などを相談するとよいでしょう。ただし、本人の意思や主治医の意見を尊重することが大切なので、産業医の意見を絶対視して、それから外れるような本人側の要望には対処しないという姿勢は取らないようにしてください。

(3)本人との面談

周囲や産業医からの聞き取りや意見を得て準備を整えたら、いよいよ本人との面談を実施します。ここが中心となるので、くわしく紹介します。

4 本人との面談

(1)基本姿勢

なにより本人のことを案じているという姿勢を大切にすることが重要です。これは口先だけでそう言えばいいということではなく、実際に、本人の健康状態と本人の意思を第一に尊重することに他なりません。決して病気と決めつけて面談に臨んだり、健康な人と同じように働けないなら辞めさせようという考えのもとで面談に臨んだりしないように注意しましょう。

(2)要注意なこと

・話を聞く姿勢を徹底

本人の話を聞くことを徹底すること。これは意外と難しいことなので、意識して行わなければいけません。一般的には良いとされていることが、その人に当てはまるとは限らないということを念頭に置いて接する必要があります。本人からの自己申告が大切になるので、病気であると決めつけるような態度や、本人が消極的な姿勢であるのに、当初の面談から受診を強く命じることは避けるべきです。また、本人が話しやすい環境をつくり、会社との信頼関係を維持することが大切なので、本人の話を遮ったり、こちらが被せて話し出したり、面談担当者自身の経験に置き換えて話をしたり、安易に同情や共感はしないようにしてください。本人が話したことをそのまま受け止める姿勢が大切です。

・安易な約束はNG

本人が「出勤は大幅に減らしたいけれど給料は据え置いてほしい」など、無理難題な要望を話したりして、本人の話の通りに対処することが難しい場合もあります。面談はその場で結論を下すためのものではなく、まずは本人の話を聞く場だという意識を共有しましょう。本人からの要望にはその場で答えず、社内で検討して結論出します。話を聞くうちに気の毒になり「収入は保障するから」と安易な約束を口にしてしまうことがあります。後になって、やっぱりそういう訳にはいかなくなり、対応を変えてしまうと、本人からすると、裏切られたという思いから、会社への不信感につながる恐れがあります。

・些細な言動に注意

メンタルヘルスの不調を抱える従業員は、他人の言動や雰囲気に敏感に反応する場合があります。会社の側にそんな意図はなくても、些細なことから「会社が自分を排除しようとしている」と考えたり、無能感を抱いたりすることもあるので、対応には細心の注意を払うように心がけましょう。「働けないなら辞めろ」という言動は絶対にNGです。また、面談内容が他の人に知られないように、プライバシーに配慮することも重要です。

(3)聞き取ること

最近の体調、仕事の取り組み具合、悩み、トラブルやショックを受ける出来事の有無を聞き取りましょう。なかには、ハラスメントや、労災事故が発覚する場合もあります。そのような時、面談担当者が狼狽えてしまったり、隠そうとする態度を取ると、本人が会社に対し不信感を抱いてしまうので、このような事態も想定しておくことが大切です。そのうえで、すでに病院に受診している場合には、通院先や診断の内容を聞き、可能であれば診断書の提出を求めるといいでしょう。

(4)受診のすすめ

本人が病院に行っていない場合には、病院への受診をすすめましょう。受診する場合には、診断書を会社に提出するように求めましょう。産業医がいる場合には、産業医面談を提案することも有効です。このとき、本人の身を案じているという姿勢が大切です。本人からすれば、会社から病人のレッテルを貼られるとも感じかねないことなので、口先だけでなく、本当に本人の身を案じて対応することが大切です。

5 受診を拒否する場合

本人が体調不良を否定して、病院への受診を拒否する場合もあります。健康状態はプライバシーに関する情報なので、人に言いたくないという意識もありますし、人事評価や雇用の継続にも関わる情報なので、本人からしたら、自分が不利になる恐れがあるからです。

本人が受診を拒否する場合、会社は受診命令を業務命令として出すことができます。受診命令については、積極的に活用すべき、という立場と、本人の意思に反して病気のレッテルを貼るようなものなので慎重に対応すべき、という立場の両方があります。

では、どのように対応すべきか、ですが、まずは本人に対して、自ら進んで受診するように説得しましょう。そのうえで、就業規則に受診命令を出す根拠があるか、確認しておきましょう。そして、本人がそれでも受診せずにいて、本人の症状の重さから見て、直ちに受診させなければ勤務によって体調がひどく悪化する恐れがある場合には、受診命令を活用しましょう。また、症状は逼迫した状況でなくても、勤務不良が一定期間継続している場合も受診命令を出してよいでしょう。勤務不良が続いている期間については、就業規則の欠勤や懲戒、休職の規定を参照にして、会社がどれくらいの期間の勤務不良であれば対処する姿勢を打ち出しているのか、確認してください。

受診命令を出しても受診せず、そのまま出勤させてしまうと本人の症状が悪化する恐れがある場合には、出勤を停止させることも検討しましょう。この場合の出勤停止は、会社の都合で行っているものなので、有給(平均賃金の支払い)になります。出勤停止は、ともすると本人からやりがいを奪ってしまうことにもなりかねないので、出勤と体調悪化の関係が顕著な場合に慎重に行いましょう。

6 受診後の措置

従業員が受診をし、メンタルヘルス不調が発覚した場合には、本人の意向、主治医の診断と産業医の意見をもとに、業務の軽減や休職の措置を検討します。また、本人だけの問題でなく、パワハラや業務過多など、職場全体に通じる問題が潜んでいる場合もあるので、職場環境や業務体制の見直しも併せて行いましょう。

7 まとめ

従業員がいつメンタルヘルス不調をきたすかは、予測ができません。しかし、最初に対応した担当者の対応が原因で、その後、本人との間で解消できない亀裂が生じてしまうこともあります。無意識の偏見や知識不足による不適切な対応がないように備えましょう。

PAGE TOP