ハラスメント相談を受けた際、相談者のプライバシー情報や個人情報を聞いてしまうことも。企業においては、ハラスメント相談に限らず、従業員や顧客の個人情報を取得する機会や、扱う情報量も少なくありません。そのため、社内外を問わず、個人情報の取り扱いには、しっかりとした管理が求められます。
1 ハラスメントとプライバシー
(1)プライバシーとは
プライバシー権とは、憲法に基づいて認められた権利であり、私生活上の情報を無断で公表されない権利といったり、自己情報をコントロールする権利といったりします。また、そこから転じて、個人の秘密にしたい情報や、他人の干渉を許さない私生活上の自由をプライバシーといいます。
ある情報に関して、プライバシー権が認められるためには、(ⅰ)私事性、(ⅱ)秘匿性、(ⅲ)非公知性の3つの要件をそなえる必要があります。
かんたんに言うと、(ⅰ)私事性とは、政治家や社会的立場のある公的な情報ではなく、いち個人に関する情報であること、(ⅱ)秘匿性は、人に知られず秘密にしておきたい情報であること、(ⅲ)非公知性は、まだ世間に知られていない情報であることを意味します。
具体的には、顔写真、住所、氏名、生年月日、前科、病歴、判決文、運転免許証の番号、マイナンバー、車のナンバー、身体的特徴、結婚・離婚歴などがプライバシー情報として挙げられます。
(2)相談情報はプライバシー
ハラスメントの被害に遭ったことや、ハラスメントの加害者となったことはプライバシー情報にあたります。相談内容は、私人の行為であり、他人に知られたくない、世の中に公開されていない情報です。ですから、当事者の心情的な配慮という意味だけでなく、ハラスメント相談の内容を漏洩すると、プライバシー権の侵害で会社に責任(民法の不法行為)が及ぶことになります。
ハラスメント相談を受けた際、事実確認のため、反対の当事者に被害内容を伝えることがあります。その場合も、申告者が誰か分かるような情報の取扱いには配慮しなければなりません。情報が漏洩すると、更なる人間関係の不破が生まれることにもなりかねず、実際に相談者から言わないでほしいといわれていたにもかかわらず、解決を先急いだ結果、報復を受けた例もあります。
(3)本人の意思の尊重
事実確認のため、反対の当事者に言い分を伝えることが想定される場合、どの情報まで伝えて良いのか、伝えてほしくない情報は何か、必ず事前に本人に確認しておく必要があります。
もしあらゆる情報を秘匿したいと言われたら、ハラスメントの調査を望まないということなのか本人の意思を今一度確認しましょう。
ハラスメントは会社の安全配慮義務の問題ではありますが、被害者の意思を無視した解決をしようとすると、余計に被害感情が増してしまい、会社とも心情的な対立が生じてしまいます。被害者の意思を尊重した対応を心がけるようにしてください。
(4)プライバシー保護の周知と徹底
社内でハラスメント相談窓口の利用をためらわせないために、プライバシーが保護されることを周知することが必要です。そして、単なる周知だけでなく、実践も求められます。
例えば、ハラスメント窓口に行くことが丸見えだったり、ハラスメント窓口の担当者が専任になっていて、その担当者に声をかけることでハラスメント被害に遭ったことが推測されたり、相談の声が漏れ聞こえるような環境では、利用したくてもできないでしょう。
相談者が利用しやすい環境を整えるとともに、窓口担当者の教育を徹底し、相談のノウハウだけでなく、プライバシーへ配慮する意識を培うことも求められます。
2 個人情報とのちがい
(1)個人情報とは
個人情報とは、生存する個人に関する情報で、個人を識別できる情報を意味します。個人情報は、「個人情報保護法」という個人情報の有用性に配慮しつつ、個人の権利や利益を保護することを目的とする法律によって規定されています。
そのため、個人情報とプライバシーは、言葉のイメージは似ていますが、規定している法律や生まれた背景が異なるため、パラレルには比較することはできません。プライバシーの方がやや広いイメージがありますが、プライバシー権も結局はどこの誰だか分かるような情報だから秘匿性が認められることが多いので、個人を識別する個人情報と重なることは多くなります。
(2)これは個人情報?
例えば、住所や氏名はどこの誰だか特定できるので個人情報にあたりますが、血液型だけでは個人の特定はできないので個人情報とはいえません。
一方、マイナンバーや給与の振込口座の番号など、それ単体では単なる数字の羅列でも、それを管理する側が、氏名などと結びつけられるような形で情報を持っていれば、個人情報になります。紙に数字の書かれた切れ端を持っているだけでは個人情報ではありませんが、企業がマイナンバーと氏名のリストを持っている時はリスト全体が個人情報になります。
防犯カメラの映像でも、顔や身体的な特徴により個人を特定できると個人情報になります。また、職位や所属についての情報や、人事評価の内容も、氏名などと組み合わせて個人を特定できると個人情報にあたります。死者の情報は個人情報にはあたりません。しかし、生きている個人の特定につながる情報については、個人情報になります。具体的には、戸籍は生きている相続人の情報にもなるため、個人情報の扱いになります。
また、個人情報の中には、公開されることで差別や偏見につながる要配慮個人情報というものがあります。例えば、人種、信条、病歴、犯罪歴、障害、健康診断の結果、保健指導などがそれにあたります。これらを取扱う際は、特に配慮が必要になります。要配慮個人情報を取得する際には、予め本人の同意が求められます。
(3)個人情報の管理
個人情報の取り扱いには、以下のような管理責任があります。
・個人情報の利用目的を特定し、通知または公表
・安全に管理する。漏洩の防止
・第三者に無断で提供しない。あらかじめ本人の同意が必要
・本人からの開示請求への対応
ハラスメント相談の時は、個人情報を取得する可能性があるという前提で対応する必要があります。中には、要配慮個人情報が含まれる可能性もあります。そもそも、従業員を採用する時に取得する履歴書や健康診断の結果は個人情報にあたるのですから、企業は常に従業員の個人情報を取り扱い、その管理の責任を負っているといえます。従って、ハラスメント相談内容を記録する場合に限らず、入り口である従業員を採用する時にも、必ず利用目的の特定と同意を得ることが求められます。
中でも採用の場合は、個人情報の利用目的を、法令に基づく各種手続き、社内規定に基づく手当の支給、緊急連絡先、安全衛生、母体保護のために取得するものであると伝えておくことが望ましいでしょう。これらの個人情報は、自己情報コントロールの観点から、労働者から直接取得することが望ましいとされています。また、収集にあたっては、本人の同意をとりましょう。一般には収集に応じれば同意ありと考えられますが、届出書に同意署名欄を作ったり、就業規則に定めておくと本人の同意があることが明らかになります。
取得した個人情報は、漏洩のないように管理することが求められます。データファイルにパスワードを設定したり、リストを保管している書類棚の施錠、社外持ち出し禁止などはもちろん、管理する立場にある従業員がどの情報にならアクセスできるのか、管理する従業員の権限とアクセスできる範囲を明確にしておくことも重要です。たとえば、営業部の部長が、全社員の人事評価のデータにアクセスできるとなると、管理が徹底されているとはいえないでしょう。
3 まとめ
ハラスメント相談は、内容がセンシティブなだけに、取り扱いには十分な注意と相談者への配慮が求められます。万一、取得した情報が漏洩すると、企業の信用に関わり、損害賠償になる可能性もあります。情報漏洩を防ぐためにも、あらかじめ、相談者にとって安心感のある管理体制を構築しましょう。そして、企業は従業員を採用するはじめから、従業員の個人情報に触れていて、それを管理する責任があることを意識しましょう。