セクハラとは、職場で従業員の意に反する性的嫌がらせを示します。今でも横行している会社がある一方で、かんたんに「それってセクハラですよ」とからかわれてしまうなど、線引きがイメージしにくい実態があります。今回は、セクハラの法的なラインと対策をご紹介します。
1. セクハラとは
(1)セクハラの定義
セクシャル・ハラスメント、セクハラとは、男女雇用機会均等法に次のように定義されています。
・職場において行われる性的な言動であり
・労働者が労働条件につき不利益を受け
・または、性的な言動により労働環境が害されること
少しわかりにくいですが、セクハラには、性的な言動によって(ⅰ)労働条件で不利益を受けるパターン(対価型)と(ⅱ)労働環境が害されるパターン(環境型)の2つがあります。
(2)セクハラ2大パターン
(ⅰ)対価型のセクハラとは、性的な言動を受けた労働者やそれを目の当たりにした労働者が、セクハラに抗議、拒絶、報告などをしたことによって、異動や仕事の取り上げ、減給などの不利益を受けることです。上司から身体を触られて拒絶したところ、プロジェクトから外された、といったようなものが典型です。
(ⅱ)環境型のセクハラとは、職場で性的な言動が行われることで、職場の雰囲気や環境が害されることです。職場で性的なポスターを貼り出す、性的な噂を流す、職場で身体を触ったりデートに誘うことそれ自体が、適切な環境で働くことを害しているといえます。
(3)職場とは
セクハラの定義にあてはめるためには、職場における言動である必要があります。では、出張先や飲み会、社員旅行など、職場を一歩離れてしまえば、セクハラとはいえないのでしょうか。
ここでいう職場とは「業務を遂行する場所」という意味です。そのため、普段の就業場所と違っていても、出張先や取引先からの行き帰り、接待先、顧客の自宅などでも「職場」といえ、セクハラが行われる対象となります。
また、懇親会や通勤中、社員旅行など、勤務時間外であっても、勤務の延長といえるような場面では「職場」にあたるといえ、セクハラが行われる対象となります。
職場での性的言動に対して、会社は法律(男女雇用機会均等法)に基づき、防止措置や適切な対応を取ることが義務付けられます。
これはあくまで男女雇用機会均等法上、会社がセクハラに対してどんな義務を負うか、という話ですので、職場を離れれば、会社は全く義務を負わなくなる、という意味ではなく、民法上の使用者責任や安全配慮義務違反の責任を負う可能性はあります。
(4)誰に対するものか
会社が法律(男女雇用機会均等法)でセクハラへの対応措置が義務付けられているのは、「労働者」に対してです。
そのため、顧客などに対してはこの法律上の義務を負いませんが、「労働者」であれば、正社員、パートタイム社員、派遣社員を問わず、セクハラから保護する義務があります。
厚生労働省のセクハラ指針(令和2年厚生労働省告示6号)では、労働者でなくとも、求職者、インターン中の学生からセクハラと思しき相談があったら、適切な対応を取るのが望ましい、としています。また、これはあくまで男女雇用機会均等法上、会社がセクハラに対してどんな義務を負うか、という話ですので、労働者ではない顧客や取引先に対しては、会社は全く責任を負わなくなる、という意味ではなく、民法上の使用者責任を負う可能性はあります。
(5)誰が行うものか
セクハラのイメージは、上司から部下に対して、男性から女性に対してなど、強い立場の者から弱い立場の者に対してかと思います。ですが法律上は、セクハラの加害者に立場の上下、男女の別は設けられていません。ですから、部下から上司に対してセクハラが行われることも、女性から男性に対するセクハラや、同性同士のセクハラもありえます。
結婚歴や交際歴を執拗に聞く、性経験を他人のいる前で執拗に聞き出す、男はこうあるべき、女ならこうしろ、といったジェンダー(社会的な性差)に関する価値観に基づく言動などは、立場の上下や男女の別に関係なく起こり得ることでしょう。
また、加害者については、労働者に限られていませんので、顧客や取引先から自社の労働者がセクハラを受けた時には、自社で相談対応をするなど、適切な対応を取らなければいけません。
(6)誰が判断するのか
セクハラにあたるかは誰が判断するのか。一昔前は「被害者がセクハラと感じたらセクハラだ」とも言われていましたが、当たらずしも遠からずです。
厚生労働省によると(平成18年厚生労働省告示615号)、セクハラを受けた労働者の主観を重視しつつも、客観性を担保するため、平均的な(被害者と同性の)労働者の感じ方を基準とすべきである。とされています。
わかりにくいですが、被害者の感じ方も重視するが、平均的な労働者ならどう感じるかを基準とすることになります。セクハラの背景には加害者と被害者の関係性や性格、経歴や生い立ちも関係しますから、被害者がなぜ不快に感じたのか理由は様々ですが、必ずしも被害者の感じ方が100%でセクハラ判断されるわけではありません。
セクハラ事案では、被害者の側が性的言動に対して迎合的(強く拒否できない態度)を示すことが少なくありません。しかしながら、被害者の態度によってセクハラが否定される訳ではありません。もしも被害の聞き取りをするときがあれば、被害者の落ち度を指摘したり、被害者の迎合的な態度を理由にセクハラ認定をしないといったことのないように注意が必要です。
2.それはアウト! セクハラ事例
ここでは、過去の実例をもとに、セクハラ認定された行為をご紹介します。
(1)事例1
手紙を渡した行為、毎日のように入院中の被害者に面会訪問した行為及び足のマッサージをした行為、被害者に特別な感情を持っていると告白した行為、新幹線の車内で腕を掴んだ行為、デパートについていった行為、展示会についていきその帰りに「手を繋いで帰ろう」と言った行為、誕生日プレゼントを贈った行為、作業指示書にコメントを付した行為、「近い将来、君と結婚したい」と告白した行為、盗撮行為。
(東京地裁平成15年6月9日判決)
(2)事例2
上司が部下である被害者に対し、半年に渡り「早く結婚しろ」「子供を産め」「言葉のセクハラだけで体のセクハラがないのは自分に魅力がないからか、俺達に理性があるからか考えろ」等と言った行為、職場の人間でのバーベキューパーティの際に膝に座らせ、「不倫しよう」「色っぽいよ」と言った行為、懇親会で他の職場の男性の独身職員に対し「うちにいいのがいるから」と言った行為。
(横浜地裁平成16年7月8日判決)
(3)典型的行為
セクハラ事例では、たった1度の行為ではなく、様々な行為が繰り返され、エスカレートしていくのが特徴です。ですが、必ずしも何度も繰り返さなければセクハラにあたらないということではなく、上に挙げた行為1つ1つがセクハラ行為にあたると考えましょう。
セクハラには、手を繋ぐ、胸や臀部や腰など身体に触る、髪を撫でる、抱き寄せるなどの身体的なセクハラ。下ネタの雑談に巻き込む、卑猥な言葉をかける、「まだ結婚しないの」「子供はできないの」などと尋ねる、「あいつは遊んでいる」などと噂を流す、特定の人だけ「〜ちゃん」付で呼んだり「ばばあ」と呼んだりするなどといった言葉によるセクハラ。女性社員にお酌をさせる、男性上司の隣に座らせる、卑猥な写真やポスターを職場の目につくところに掲示するなどといった複合的なセクハラがあります。本来、職場において、性的な事柄や個人のジェンダー(社会的な性差)に触れるような言動は不要ですから、このような言動はセクハラにあたると厳しい認識を持ちましょう。
3.企業のセクハラ対応責任
(1)相談窓口の設置
パワハラについては、中小企業にも相談窓口の設置が義務化されています(改正労働施策総合推進法)。この法律で義務化されたのは、パワハラの相談窓口のみですが、厚生労働省の指針等によると、ハラスメント全般の相談窓口とすることが望ましいとされています。
(2)男女雇用機会均等法上の義務
男女雇用機会均等法は、あくまで職場における、労働者を被害者とするセクハラに関して会社の責任を明記したものです。
では、これ以外の場面、つまり、職場以外の場面で労働者間の性的なトラブルが起こった場合や、顧客や取引先に対してセクハラが行われた場合には、会社は全く責任を負わないのか、というと、そうではありません。例えば、労働者同士のプライベートのトラブルが職場にも影響を及ぼしていることを察知しているのに、何の対応も取らないとなると、次に紹介する使用者責任や安全配慮義務違反を問われることになります。また、自社の労働者が顧客や取引先、求職者やインターン中の学生に対してセクハラを行った場合も、同じく使用者責任を問われます。
(3)使用者責任
使用者責任とは、民法に規定されているものです。かんたんに言うと、労働者が仕事上起こしたことには、会社も同じ責任を負うことになります。
会社はセクハラについて、男女雇用機会均等法上、適切な対応をする義務を負っていますが、同時に、使用者責任を負っているので、被害者から金銭的な請求を受けることになります。
セクハラとは、ある意味、加害者個人の異常な行動によるものです。そのようなことにも会社が加害者と同等の責任を負うのか、という疑問もありますが、多くの裁判例で、会社には加害者本人と同等の責任が認められています。
それだけでなく、セクハラ発覚後に対応を誤ると、その不手際を理由に責任を負うリスクもあります。実際、相談窓口の担当者の対応が不適切だったことについて、損害賠償が認められたこともあります(横浜地裁平成16年7月8日判決)。
(4)安全配慮義務違反
会社は、労働者が安全に働けるようにする安全配慮義務があります。これは労働者との雇用契約に基づいて生じる義務です。セクハラが放置されたり、相談をしても適切に対応してもらえない場合、安全配慮義務違反にもなります。
4.まとめ
現代では胸を触ったりキスをするなどの明からさまな行為は、当然やってはいけないことという認識が広がっていますが、結婚や交際関係についてしつこく言及したり、飲み会の場でスキンシップが過剰になるといったことは、今でも見られることがあるでしょう。
セクハラは、加害者個人や会社の風土など、会社の一部の人物が常識はずれの感覚を持っていることで生じます。セクハラ防止の大前提として、会社は「何がセクハラに該当するのか」を理解するとともに、セクハラへの認識を時代とともにアップデートし、それを研修や社報などで社内に共有する必要があります。