コラム

能力不足の従業員を試用期間中に円満退職させることに成功した事例

キャリア採用ではないものの、経験者として採用した従業員が期待外れだった場合、能力不足を理由に解雇するのは容易ではありません。たとえ勤務成績に問題があったとしても、指導や教育の機会の提供等、企業側にも相応の努力が求められます。今回は、試用期間中に能力不足の従業員を円満退職させた事例をご紹介します。

1. 能力不足を隠そうとする従業員

X社はWEB制作会社です。20代半ばのYを新入社員として採用しました。Yは前職でシステムエンジニアをしており、WEB制作の経験もあると答えていました。 ところが、実際にYにホームページを制作させてみると、顧客の意図を汲み取ることや、見やすいデザインに構成する能力が低いことがわかりました。それをカバーしようとしてか、自分のできることには必要以上に時間や手間をかける傾向があり、全体的に作業効率が低い状態でした。X社はYの採用を後悔しましたが、円満に退職してもらうにはどうすれば良いでしょうか。

2.能力不足ってどういうこと?

能力不足とは、雇い続けられない程に仕事の能力が劣っていたり、採用の前提となった特別な能力がなかったりすることを言います。なかなかハードルの高い表現ですが、ここまでの状態でなければ、能力不足を理由に解雇することはできません。単に「期待ハズレだった」というだけでは解雇に踏み切ることはできないと思いましょう。

(1)新入社員に注意

特に、新入社員を能力不足で辞めさせようとする時には注意が必要です。なぜなら、新入社員は、これから会社が時間をかけて、育て上げる存在だからです。最初は何もできなくて当たり前と扱われるため、新入社員に力不足を感じても解雇は難しいのが実情です。一方で、採用を決める際や入社後の教育方法には会社に主導権があるという特徴もあります。この特徴を活かすためには、入社直後から漫然と見守っていてはいけません。

(2)中途採用の特徴

中途採用の場合、前職の経験や一定の能力を見込んで採用しているケースがほとんどです。中途採用の場合は、採用の時に求めている能力を明確に提示していて、それを満たすかをチェックしているかがポイントになります。反対に、こういった点をはっきりとさせないまま、なんとなく期待から採用してしまうと、新入社員の採用と同様、その社員は即戦力ではなく、会社が育て上げる対象になってしまいます。能力不足を感じて辞めさせたいと思った時には、自社が採用の際に、求める能力を示して、そのチェックを行なったかを振り返りましょう。

(3)解雇すればいい?

能力不足で解雇ができるのは、雇い続けられない程に仕事の能力が劣っていたり、採用の前提となった特別な能力がない場合に限られます。解雇はハードルが高い上、解雇された従業員からの反発を招きやすく、紛争になりやすいので、まずは解雇よりも自主退職を目指しましょう。

(4)X社の場合

X社が採用したYは、前職での経験はあるとは言っても、若干20代半ばですし、キャリア採用と言えるほどの能力や実績を双方が前提とした採用とはいえません。採用時には前職の内容を口頭で確認してしただけで、実践的な試験などは行なっていませんでした。

そのため、Yは新入社員の能力不足の場合と同様に対処することになりました。新入社員の場合、能力不足で解雇するのはとてもハードルが高いので、試用期間満了のタイミングで、自主退職してもらうことを目指したのです。

3.試用期間の有効活用

試用期間は、会社と従業員のミスマッチを防ぐために必要です。会社としては、実際に採用した従業員が業務をこなす能力をもち、会社の戦力となりうるかを判断する期間といえます。一方、従業員の立場では、業務内容や社風が自分に合っており、継続して勤務できるかを判断する期間であるといえます。大事なのは、試用期間を漫然と過ごすのではなく、チェックの期間であるということを双方ともに意識することです。

つまり、会社としては、採用した従業員に違和感を覚えるようであれば、退職を見据えた対応に切り替えなくてはならないということです。試用期間中に見合った能力を発揮できなければ本採用はない、ということをしっかり伝えておけば、従業員もいざ退職を迫られても心構えができます。

X社では3か月の試用期間を設けていましたので、入社から2か月が満了する日までに本採用しないことを予告し、満3か月で退職となるように計画しました。

4. 円満退職へのアプローチ

(1)早期の方針決定

試用期間中に本採用か退職かを判断するとなると、時間はタイトです。採用した従業員に違和感を覚えたら、早期に直属の上司や人事部、社長など、人事権のある者同士で連携し、本採用をするのかしないのか、本採用をせず退職を迫るなら誰がどのような対応をし、どんな証拠を集めるのかを方針決定しましょう。ちなみに、証拠を集めるのは、本人に示して納得を得るためと、後々に紛争になった時の資料にするためです。

(2)早期の面談

能力不足を感じたら、まずは早期に本人と面談を行いましょう。ジャブを打つイメージで、本人に「本採用は難しいかもしれない」と伝えておきましょう。試用期間が終わるギリギリになって本人に伝えても、困惑させてしまい、反発を呼びます。また、この時に本人のキャラクターを掴んでおくことで、今後の対応の参考にもなります。

(3)繰り返しの指導

本採用を拒否するつもりでも、業務上の指導や教育の機会は与えなくてはいけません。どうせ辞めるのだから放置でいい、という訳にはいかないのです。これは、指導をし、それでも出来なかったという証拠を集めるためです。証拠として残るようにしたいので、指導はメールや日報で行うのがいいでしょう。とはいえ、逐一言いたいことをメールすることはできませんから、口頭で指摘したあとには、その日のまとめとしてメールで連絡をしたり、日報を書かせてコメントを返すようにします。

(4)1か月前に面談

試用期間を満了する日の1か月前には面談を実施し、正式に本採用しないことを通知しましょう。この時、通知書をきちんと書面で用意して本人に渡し、同じものを会社にも控えにしましょう。

なぜ1か月前に通知するかというと、退職日まで30日を切ってしまうと、足りない日数分は手当の支払いが必要になるからです。いわゆる、解雇予告手当と同じです。1日分は微々たる金額なので、30日を切ってしまっても問題はありませんが、その場合には、手当の支払いをすることを忘れないようにしましょう。

(5)退職の処理

試用期間を満了して退職を迎えるとき、どのような理由で退職をするのか、最後の処理が必要です。

 ア 期間満了

最初に結んだ雇用契約書が、試用期間までのもの1通だった場合には、雇用期間満了での自然退職とすることができます。但し、雇用期間欄と試用期間欄の両方があり、かつ、両方に同じ期間を記入していたような場合や、試用期間中の雇用契約書と試用期間後の契約書2通を結んでいた場合には、期間満了での退職処理にはリスクがあるので、避けるべきでしょう。

 イ 自主退職

従業員本人が本採用されずに退職となることに納得している様子であれば、自己都合での退職届をもらい、自主退職した扱いにすると、後の紛争を防止できますし、本人からもらう書類も簡便です。

 ウ 本採用拒否

期間満了での退職も、自主退職も難しい場合には、本採用拒否での退職処理となります。ただし、本採用拒否は、理屈上は解雇と同じ扱いになりますので、本採用に至らなかった証拠、つまり、本人の能力不足を示す証拠をしっかり集めておくことが大切です。

5. 備えておくべきこと

(1)採用の基準

一度採用すると、辞めさせるのはとても大変です。安易な採用をしないために、自社の求める能力、人物像を明確にし、それを採用の場面で応募者にも伝えるようにしましょう。これは、ミスマッチを防ぐだけではなく、能力不足の証拠にもなります。つまり、最初からこういう人だから採用すると約束したのに、そうではなかったと言いやすくなるのです。

もちろん、それだけで万全な訳ではありませんが、自社のためにできることの中でも、比較的取り組みやすいことですので、早期に採用基準を明確にしておきましょう。

(2)指導のメソッド

採用の基準にも通じますが、採用した従業員にどのようなことを身に着けさせ、そのためにどのような指導が必要かを日頃から検討し、都度、アップデートするようにしましょう。能力不足の従業員が現れ、そこから急に指導の証拠や指導に応えられなかったという証拠作りをするとなると、何から手を付けていいか分からなくなります。日頃の従業員指導を通じて、チェック項目や業務フロー、従業員向けの作業マニュアル等を作っておくと助けになります。

(3)試用期間

試用期間は是非設けるようにしましょう。試用期間中は、従業員もチェックされている、お試しの期間中である、という意識がありますので、至らない点を指摘して退職を促すと比較的応じてもらいやすい傾向にあります。ただし、これはあくまで心理面でのことです。試用期間満了時に本採用拒否をすると理屈としては解雇と同じになります。法的に言えば、決して解雇しやすいという訳ではないので、注意しましょう。

(4)採用後のフロー

採用した従業員に万が一、ミスマッチがあった場合にどう対応するか、予め大まかにでも流れを想定し、人事権のある担当者間で共有しておきましょう。採用してから最初に円満退職のチャンスを迎える試用期間の満了まで、通常は3か月程度しかありません。この短期間を有効に使えるように、事態を想定しておくことが大切です。

(5)就業規則

就業規則は、従業員10人以下の事業所では作成していないところも多いのですが、できればあった方がいいでしょう。なぜなら、能力不足の社員に対し、戒告などの懲戒処分をしなければならないようなミスが発生する場合もあります。その時、就業規則がなければ、懲戒処分ができないのです。

また、就業規則は会社のルールであり、様々な社内手続のよりどころになるものです。いざ、想定外の事態に直面した時に参考にできるものがある方が心強いでしょう。

6.まとめ

X社では、Yに対し、業務上の指示や指導はできる限りメールで対応するようにしました。口頭で指示や指導をした時も、その備忘録としてメールを送信し、できていないことを指摘する時も、メールを活用しました。メールにすると、会社側の口調も少し丁寧になるので、冷静な対処ができたのも評価できる点でした。また、これらの日々の業務成果を振り返りながら、採用後1か月、2か月のタイミングで面談を実施し、会社が不足に感じていることを説明し、満2か月のタイミングで本採用はできないと話し、本採用拒否を通知する簡単な書面を渡しました。Yは反発心からか、その後休みがちになったりもしましたが、結局は退職を受け入れ、自己都合退職の退職届を会社に提出しました。

能力不足を指摘され、退職を迫られると、従業員は誰しも多少なりとも反発心を抱きます。その際会社が感情的になると余計に収拾が付かなくなるので、至って冷静に会社が求めている能力水準とその従業員本人の状況を示し、対応することが大切です。

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