就業規則は会社のルールを定めたものなので、会社の実情に合っていなかった時や、会社のルールを変えたい時には、適宜変更が必要です。その際、法律に従い正しい方法で変更手続きをしないと、変更が無効とされることもあります。変更の手続きをしっかり把握して、実態と合わない就業規則が放置されないようにしましょう。
1 変更時の提出書類
就業規則を変更する時には、どんなに些細な変更であっても、(1)新たな就業規則と(2)労働者代表の意見書の2つを労働基準監督署に提出しなければいけません。
変更のたびに労働者の意見を聴かなければいけないのは面倒ですが、労働者の関りなく、会社のルールである就業規則を決めることはできないので、注意しましょう。
2 単なる変更と不利益変更
就業規則の変更には、単なる変更と不利益変更があります。
単なる変更とは、休憩をとるタイミングの変更や特別な休暇の新設など、要は、労働者にとって不利益にならない変更です。このような単なる変更の場合には、特に気を付けることはありません。新たな就業規則を作り、労働者代表の意見書をつけて、労働基準監督署に提出すればいいのです。
ですが、不利益変更の場合には、このほかに、不利益変更を有効にする条件をクリアしなければいけません。不利益変更をするための3ステップは、このあと解説します。
不利益変更とは、給料が下がるとか、休暇が減るとか、福利厚生が減退するとか、労働者にいままで与えられていた待遇が低下することをいいます。
3 不利益変更の3ステップ
(1)変更の合理性
不利益変更を有効にするためには、不利益変更をする合理性がなければいけません。法律的な言葉でいうと、労働者の不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、代替措置など関連する労働条件の改善状況、労働組合との交渉状況、同業種の一般的状況などを踏まえて、不利益な変更内容の「合理性」がなければいけないのです。
要するに、労働者に不利益を及ぼしてもなお変更せざるを得ないような経営上、業務上の必要性があるのかという視点です。
労働者が被る不利益の程度が大きければ、それだけ変更の必要性や代替措置の有無などの会社に求められることも大きくなります。
(2)労働者の意見聴取
不利益変更の場合にも、労働者の意見聴取をしなければいけません。労働者にとって不満の元となる変更だからこそ、きちんと説明を実施し、理解を得る努力をしましょう。
法的には、労働者全員への意見聴取が必要なのではなく、労働者の過半数で成り立っている労働組合の意見を聴くか、このような労働組合がない場合には、労働者の過半数を代表する者(従業員代表者や労働者代表、過半数代表といいます)の意見を聞き、意見書に署名をもらうことが必要になります。なお、従業員代表が反対の意見を付したとしても、それはあくまで意見なので、法的には、会社の原案どおりの就業規則がします。ただし、不利益変更が合理的かを判断するとき、労働者への交渉の状況なども加味されます。法的には代表者からの意見書さえあればいいですが、トラブルや不満を防止するために、不利益な変更に対して理解を得られるよう、労働者全員に向け、説明を行うべきでしょう。
(3)変更内容の周知
就業規則は、周知していないと効力を生じません。就業規則を変更する場合も、変更後の就業規則を周知していないと、効力を生じません。
周知というのは、実際に就業規則の内容が知られていることではなく、就業規則を見ようと思えば、いつでも見られる状態に置くことです。就業規則は、従業員であれば、誰でも手に取れる場所に置きましょう。近年は、社内サーバーを設け、従業員がいつでもアクセスして閲覧できるようにしている企業も増えています。
4 変更の合理性
就業規則を労働者に不利益に変更する場合には、労働者の不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、代替措置など関連する労働条件の改善状況、労働組合との交渉状況、同業種の一般的状況などを踏まえて、不利益な変更内容の「合理性」がなければ、無効になってしまいます。
どのような場合に不利益変更の合理性が認められ、どのような場合に認められないのか、いくつか裁判例をご紹介します。
(1)認められた事例
・タクシー会社で、無理な乗務を抑制するために(ⅰ)基本給を増額して歩合給を減額し、(ⅱ)それまで従業員から不満の上がっていた手当を廃止・減額する一方、その他の手当の増額を行った事案で、勤務時間の減った3名の従業員のみが給与の総額が減り、それ以外の42名の従業員は給与の総額が増えたことを認定し、一連の給与体系の改定は有効であるとした。(高円寺交通事件。東京地裁平成2年6月5日判決)
・保険の調査職員の交通費支給について、それまで自家用車移動でも公共交通機関の交通費を支給していたが、大半の従業員が自家用車移動をしている実態に鑑みて支給規定を変更したことについて、移動の実費を補填するという交通費支給の趣旨に合致するもので、変更は有効とした。(日本調査事件。東京地裁昭和60年4月24日判決)
・特別手当を廃止し、販売促進活動に対する手当を創設したことを有効とした。特別手当は月額最高1350円と廃止されても不利益は大きくなく、当時の事業の赤字を解消するために販売促進に高度の必要性があったこと、新たな手当の創設には既存の手当を廃止しないと費用を捻出できないこと、特別手当は創設時の意義が失われていたこと、特別手当廃止を見据えた代替措置を講じたことを評価した。(福岡中央郵便局事件。福岡地裁平成6年6月22日判決)
・年功序列的な賃金制度から役割職務に基づく賃金制度への変更を有効とした。会社の主力商品の競争が激化し従業員の労働生産性を高めて競争力を強化する高度の必要性があったこと、人件費削減を目的とした制度ではないこと、全ての従業員に自己研鑽によって昇格昇給の機会を平等に保障するものであったこと、労働組合との交渉に務めていたことを評価する一方、減給分への緩和措置が2年だけで減額の一部の補填にとどまっていたことはいささか性急で柔軟性に欠けたと非難した。(ノイズ研究所事件。東京高裁平成18年6月22日判決)
これらの判例から、手当の本質と実態が乖離していた場合にそれを是正する賃金改定を行うことや、就業環境を改善するための賃金改定に関しては、会社に有利に判断されることがわかります。一方、経営改善の必要性については高度の必要性が求められる傾向にあります。
(2)認められなかった事例
・観光バス会社で、年功序列の賃金制度から成果主義型の賃金制度に変更し、給料が減額になる労働者が出た。会社は、経営悪化により買収されたが、買収後に、債務超過状態は解消されていた。裁判所は、成果主義型の賃金制度の導入の必要性を認めながらも、会社の経営状態からして差し迫った必要とはいえないこと、減額が大きい(年間150万円以上)従業員が出てしまい、代替措置や経過措置が不十分であったことから、不利益変更を無効とした。(クリスタル観光バス事件。大阪高判平成19年1月19日)
・航空機の乗務員に対する乗務手当を月40時間分保障していたのに対し、支給基準を変更して全面運休中は月20時間分としたが、変更は無効となった。既存の就業規則作成当時には予見できなかった著しい事情の変動が生じ、かつ、その変動が経営主体の責めに帰すことができない事由で、労働条件を維持させることが妥当でないと認められるなどの特段の事情がない限り、不利益変更の合理性がないとした。(日本近距離航空事件。札幌地裁昭和53年11月6日判決)
給料減額を伴う不利益変更では、減額してしまう差額分を調整手当などで支払い、これを経過措置として3年ほど実施すべきであると指摘されています。また、減額を行うには経営上の高度な必要性が求められます。
5 まとめ
就業規則を変更する際は、従業員とトラブルにならないよう、また変更後もスムーズに業務を進められるよう、双方で話し合い、きちんとした手順を踏むことが大切です。
中でも就業規則の不利益変更は、会社としてもセンシティブな問題ですが、従業員に説明して理解を得られるような理由や代替措置があるか、丁寧に検討しましょう。